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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

職人

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石北本線 北見    2017年11月撮影


操車係が犬走りに設置されたテレスピを踏む。

信号所 「はい、信号」
操車係 「3727列車、下り本線から引上線」
信号所 「3727列車、下り本線から引上線、承知」

そんなやり取りが聞こえた貨物駅構内。
列車を牽いてきた機関車はとっくに切り離され、代わりに入換機関車が列車最後部に連結される。
操車係の誘導で引上線に着いた列車は、そこから行き先別に細かく分けられる。

再びテレスピを踏む。
「はい、信号」
「引上線よりトーフタ番」
「トーフタ番、承知」

操車係が信号場に伝えると12番線へと転轍機が切り替えられ進路が開通する。
鉄道や航空、自衛隊など機関によって言い方はあるだろうが
大概聞き間違い等を防ぐ意味で「1」を「ヒト」、「2」を「フタ」などと言っているようだ。

操車係が緑のフライキを勢いよく振ると、列車後部の機関車が急加速で押す。
頃合いを見計らって「切り屋」と呼ばれる連結係が解放テコを持ち上げ、操車係は赤のフライキをサッと出した。
列車は急制動し、切り離された貨車が惰性で転がっていく。
所謂、突放というやつである。
転がっていった貨車には切り屋とは別の連結係が車輌脇のステップにぶら下がり
足踏み式やハンドル式のブレーキを操作しながら次に待ち構えている連結係に渡す。
渡すといっても惰性で走っている貨車を止めてしまうわけにはいかないから、係員は飛び降り飛び乗りをしていく。
受け渡す方も受け取る側も、手信号を交えつつ「トーフタ!!」と大声で復唱しながらの作業だ。

4番線、8番線、5番線、10番線・・・
まるで嫌がらせのように広角に次々と突放されてくる貨車群。
連結係は一面バラストの構内を全速力で駆け回り、各自持ち回りをテキパキとこなしていく。
その鮮やかな一連の動き…。
高島で、新興で、ハンプのあった新鶴見操車場でも
そんな光景を「かっこいいなぁ…」と憧れの眼差しで眺めていた少年時代。

今は、突放は危険とのことで禁止されてる所が多いと聞く。
遅いとはいえ何トンもある貨車が数輌繋がって走っているところに飛び乗り降りをするわけだから
転落などしようものなら車輌に巻き込まれ胴体は真っ二つである。
北見駅でもコンテナ列車の入換・組成作業が行われていたが、
ここも突放ではなく、別の機関車が連結された「押し込み」であった。

安全第一であるから今の姿が当たり前と頭で理解はしても、あの頃の職人技が見れなくなったのは
少し残念というか寂しいような、複雑な気持ちで作業を見ていた。




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  1. 2018/11/19(月) 14:33:06|
  2. 石北本線
  3. | コメント:0

落日の舞

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石北本線 緋牛内~端野


立冬が過ぎた陽射しは日に日に低く、枯れ草を揺らす風の冷たさは雪がないだけで十分冬のそれである。

14時55分発羽田行きのJAL便が金の光点となって飛び立つ頃、一日のクライマックスが早くもやって来た。

透き通った斜光線は辺り一帯を鮮やかに染め、山に陽が沈むまであと僅かの時…。

強いコントラストに照らされ舞台は整った。
附け打ちの如く踏切が鳴る。
次第に近付く列車の響きに合わせて胸の鼓動が早くなる。

瞬間…


軽快に現れた主役は車体をキラリと煌めかせ、見事な舞を披露してくれた。




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  1. 2018/11/18(日) 16:14:31|
  2. 石北本線
  3. | コメント:0

情熱

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秩父鉄道 浦山口~影森    2014年8月撮影


「安全は輸送業務の最大の使命である」

国鉄の五つある安全綱領の第一に掲げられた文言である。
それは国鉄からJRに移ろうと、地方の中小私鉄だろうと輸送業務に携わる者たちにとって変わることはない。

汽車は深い谷を助走する。
脚を軋ませ難所に挑む姿はファンにとっては堪らない見せ場だが
ハンドルを握る機関車乗務員にとっては真剣勝負そのものだ。
見通しの利かない急カーブをキャブから身を乗り出し前方を注視する。
鉄道屋としての安全輸送に傾ける姿勢は、釜の熱気以上の熱さを思わされたワンシーンだった。




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  1. 2018/11/17(土) 11:20:53|
  2. 秩父鉄道
  3. | コメント:0

木造駅舎とC11

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2001年7月 旧北海道ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線 高島駅


ふるさと銀河線に残っていた木造駅舎はどのくらいあったのだろう。
乗降場のような板張りのホームだけの駅はそこそこ残っていたと思うが
駅舎のある駅は大体がおよそ風土に似合わない駅舎に順次改築されていき
川上駅と高島駅は最後まで木造駅舎だったと記憶している。
中でも高島駅は交換設備もあり、国鉄時代の、北海道のローカル線でよく見かけたような駅舎で
腕木式信号機の名残であるテコも残る、とても味わい深いものだった。

銀河線に蒸機が走った2001年。
走る姿は見れても、木造駅舎と蒸気機関車なんてこの先見ることはないかもしれない。
大井川鐡道ならともかく、少なくとも北海道においての可能性は限りなくゼロに近い…
そんな危機感を覚えて高島駅を訪れた。

恐らく30キロないし37キロレール辺りと思われる薄っぺらな鉄路を軋ませ駅に着いた蒸機列車。
二輌の旧型客車をバック運転で牽くC11は、ヘッドマークがなければまるで晩年の日中線を見ているようでもある。
C50の流れを酌むC10をさらに改良し量産されたC11は大好きな形式のひとつであることもあり
木造駅舎との取り合わせはそれはもう痺れに痺れまくった。
これがご本家キューロクやC58であったなら、興奮極まって火室に飛び込み動力の一部となりそうな勢いだった。

一方で写真の方は興奮した割にはパッとしたものは残せず、
少ない引き出しが今以上になかったことと、乏しいセンスに見事な空振りをしたという訳だ。

沿線の賑わいとは打って変わり、現在だったらもっと大騒ぎになったであろう木造駅舎では
さほど混雑しなかったという絶好の機会を逃し、期待された再運行どころか路線自体が廃止され
JR北海道の置かれた現状からも始めに危惧した通りのものになってしまった。




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  1. 2018/11/16(金) 00:11:24|
  2. 廃線・保存機
  3. | コメント:0

帰りたくない病

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2016年11月 山口線 山口駅    


長いこと旅行に行っとるでしょ。そうすると家が新鮮な場所に思えて一番いいって思うんよ。

三河地方にいる姉のように慕っていた従伯母に言われたことがある。
学生から社会人になっても、とにかく休みになるとほとんど家にいない。
ある時フラッと予告も計画もなしに列車で、バイクで、知らない土地へ、いい景色を求めて出てしまう。
今思うと、その言葉はあまり親に心配かけるなという意味もあってのものだったのかもしれない。


SLやまぐち号の撮影旅行と僅かながら山陰の旅を今、終えようとする朝の山口駅。
家に着くまでが道中であるが

これに乗ったらもう何もかもがおしまいだ!

と切羽詰まったような、言いようのない重い空気がのし掛かる。

帰りたくない…
このままズラかっちまおうか…

多少の程度はあれ、そう思う人はいると思う。
途中で事が進まずつまらない思いをしようが、トラブルに見舞われ半泣き状態になろうが変わらない。
今でこそ出歩く回数は減ったがその欲求は衰えず、そして帰りたくない病は相変わらず発病する。
従って未だに家が一番いいと思ったことがない。


ホームに響くエンジン音。
その音は、これから山陰の、日本的な美しい景色へと響いていくはずだ。
地元の人が見る車窓と帰る者が見る車窓、同じ車窓でも全く違うものだろう。
後者の車窓ではなく、僕は前者の車窓を見たいのだ。
となると、もうそこに住むしかないのだがあまりにも非現実的だ。
どうやら家が一番いいと思うこともなく、帰りたくない病は一生悩まされ続ける病であるようだ。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2018/11/15(木) 00:12:14|
  2. 駅・設備
  3. | コメント:0
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プロフィール

u403tsugaru

Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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