笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

根室標津の熱い想い

昨日の昼、宮城の友人から「こんなものがあるとは知らなかった」とラインが来た。
なにかと思えば根室標津駅跡地にある転車台に、近くに保存されているC11を移動させて乗せるというプロジェクトだった。
以前、どこかでC11を整備するような話は聞いた覚えはあったが、各地で痛んだ機関車の修復と同じことが行われるのだろうと大して気に留めないでいた。
根室地方の小さな町でそんな大規模なことをするのか…と送ってくれた標津転車台保存会のホームページを見ると
転車台も動かせるよう整備し、機関車は車輪が回せるようになったとある。
動力はてっきり圧縮空気かと思いきや、なんと電動式とのことだった。

見れば見るほどジッとしていられなくなり、14時頃になって標津に向かった。



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標津町標津文化ホール


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(ドラマチックトーンにて撮影)
かつての僚機だった大井川の227号機と同じくコールバンカには手擦りが装備される。


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握り棒を見ると北海道型だなぁと改めて思わせる。
小さな機関車だが、下から見上げると蒸気機関車の威風堂々とした姿にいつも圧倒されてしまう。
静態保存であってもカッコいいものはカッコいい。


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根室標津駅跡地 下路式手押し転車台


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(ラフモノクロームにて現像)
アッシュピットまで復元かと思えば、見学者に機関車の下も見てもらうためのピットとのこと。
草に埋もれていた廃線当時の線路は地盤沈下と枕木の腐敗のため一旦線路を外し新設された。

標津線が廃止となったのが1989年、それから早28年が経つ。
今もなお、地域発展のために尽力した鉄道を忘れることなく、財政も厳しいだろう果ての小さな町で
少しずつコツコツと進めてきた有志の方々の苦労も並大抵のことではなかっただろう。
北海道の鉄道は今存続の危機に立たされている中で、このプロジェクトに挑む関係者の意気込みに拍手を送りたい。

なお、明後日の8月6日に文化ホールに保存されている機関車を転車台付近に移動し、10月8日に開催される旧標津線フットパスイベントで公開予定とのこと。
お近くの方や興味のある方は、ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。




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  1. 2017/08/04(金) 18:44:28|
  2. 廃線・保存機
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一度きりの銀河

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旧・北海道ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線 薫別~大誉地


今やSL銀河といえばC58239が牽く釜石線の列車を誰しもが思うだろう。
しかし、僕は北海道に走ったSL銀河が忘れられない。

北海道の短い夏の盛り、2001年7月31日から8月5日まで北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に
JR北海道から借り入れたC11171と旧客2輌という往年のローカル線を彷彿とさせる汽車が走った。

取り立てて特徴のある路線ではなかったように思うが、それでも道東らしい山々と畑作地帯を行く沿線は大変な盛り上がりとなり、蒸気現役時代を懐かしむ人々で賑わった。
運行は、片道約140キロの路線ではタンク機関車のC11では走り切れず、中間地点となる陸別駅で給炭水を行い二日かけて往復するというものだった。

本来であればここにはキューロクが…などと愚痴を溢すも、北海道らしい爽やかな風を纏った汽車が川を渡り、汽笛が深い森に響けばたちまち体は震え涙が頬を伝う。
陸別駅で久々に生きた蒸気のキャブに乗せて頂いたが、中は熱く、火室内はC11の命が真っ赤に燃えていた。
機関助士が扱うスコップの音、石炭や油の匂い、蒸気の音、ドレンとなった水の滴る様・・・
なにもかもが愛しいほどたまらない。


廃線を何とか回避するための起爆剤として蒸気運行を定期的に行うのかと密かに淡い期待寄せたが
これが最初で最後になり、路線自体も残念ながらこの5年後に廃止されることになる。
当時まだ残っていた昔懐かしいハエタタキをはじめ、銀河線らしさを出したものが遂に一枚も撮れずに終わってしまったことが心残りでならない。

思えばこの時が真夏の夜空に輝く銀河のように、ふるさと銀河線が最も輝いた日々であったように思う。




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  1. 2017/06/18(日) 02:06:40|
  2. 廃線・保存機
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オレたちの機関車

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日本全国にどれだけの蒸気機関車が保存されているのだろう。
恐らく相当数の機関車が保存されているのだろうが、手入れの行き届いてない機関車が多い中でここのD51は本当に幸せ者だと思う。

先の記事にも載せた安平町鉄道資料館。
昭和50年12月24日限りで引退したD51は、本来ならば当日に本線牽引最終列車を牽いたD51241が保存される予定だった。
だが、保存のために保管されていた機関区火災により241号機のみならず最終日まで活躍した仲間も被災し、急遽320号機に決定した。
それでも鉄道の町追分の機関車へ対する愛情は深く、また被災した機関車たちへの鎮魂の意味もあるのだろうその想いは320号機だけにとどまらず、
駅前に残る最後のデコイチ4輌の内の一輌465号機の動輪や、動輪をモチーフにした橋の欄干などのように随所に見られる。

普段保管している建屋内には、蒸気機関車を愛する多くの方たちから寄贈された部品や工具も揃えられ、時には部品交換も行うそうだ。
定期的に屋外に出して足回りに油を回し、シリンダーの清掃までもし、ここまで手入れされている機関車は梅小路などのJRが管理する施設を除けば僕の浅はかな知識では他に知らない。

かつてJRで蒸気機関車を復活させる際、部品を使いたいと打診もあったようだが断ったのだという。
長年手塩にかけて保存してきた自負もあるのだろう。
或いはC623号機の運行廃止に見る態度に、客寄せパンダ的に使われるのは忍びなかったのかもしれない。
この日も丁寧に各所を磨き上げる保存会の方たち。
ギラリと油光りする機関車を見る目は、このD51はオラが町、オレたちの機関車だと我が子を慈しむような眼差しだった。
いつまでも末永く、またその魂も受け繋いでいって欲しいと願わずにはいられなかった。



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安平町鉄道資料館     2014年9月撮影




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  1. 2016/08/25(木) 03:20:34|
  2. 廃線・保存機
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夢見る少年のように

「なんといってもデコイチだったよ」

キャブ内でそう答えてくれたのは元国鉄の機関士さんだった。
室蘭本線追分駅からほど近くにある安平町鉄道資料館。
ここに保存されているD51320号機はとにかく素晴らしい保存状態だった。
機関士や整備士などの元国鉄OBによって定期的に整備され、普段は建屋内にある当機は月二回ほど小型DLによって屋外に出される。
よくありがちな錆止めの塗装もなく、ロッドは油で磨かれ、各部への注油もされており
もはや静態保存機というより、現役機の火を入れていない状態といっても差し支えないほどだ。
いつでも火を入れて動かせられるよ、と言うのも普段の整備の自信の表れなのだろう。



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安平町鉄道資料館     2014年9月撮影



先に答えてくれた元機関士さんは、キューロク、C58、C57、D51などを運転してきたという。

「入れ替えだったらキューロクが良かったね。踏ん張りが利くんだよ。
シゴナナはスピードを出した時の乗り心地は良かったな。
だけどデコイチも結構出たんだよ。客車を牽く時はシゴナナとそう大して変わらないくらいの速度で走ったし
それになんといっても貨物を牽いた時のデコイチは頼もしかった。」

「貨物を引っ張ってる時にね、軸焼けしたカマを騙し騙し運転していたんだ。
トンネルに入ったら火花が飛んでるのが見えるんだよ。なんとか運転したけど、あれはきれいだったなぁ」

当時を懐かしむように話してくれた機関士さん。その顔は職務を全うした誇りに満ちていた。
また運転したいですか?の問いに、そりゃあしたいさと加減弁を握りながら笑っていた。
将来的には圧縮空気で動かす計画があるのだという。
ならばその時再びハンドルを握るんですね、と言うと

「もちろんさ」

と、夢見る少年のような笑顔で答えてくれた。




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  1. 2016/08/24(水) 00:07:14|
  2. 廃線・保存機
  3. | コメント:0

夢を乗せて

静態保存機というと、その注目度は動態保存機よりも少ない。
やっぱり蒸気機関車は野を越え山を越え、表情豊かに走る姿がなんといっても素晴らしい。
けれども、時代を駆け抜け今は静かに余生を送る彼らを前にして瞼を閉じると
かつて鉄路に汽笛を響かせ、人を物資を黙々と運び続けてきた彼らの息吹きが感じられ、当時のことを思い馳せずにはいられない。

現在、各地で保存されている静態保存の機関車たち。
梅小路や大宮の鉄道博物館をはじめ、今にも動き出しそうなほど手入れされた機関車もいるが
中には誰にも見向きされずに荒廃し解体された者もいる。
そんな彼らを救うべく、各地の有志らの手によって今一度きれいに修復され再びその勇姿を披露している仲間もいれば
圧縮空気で動けるようになった仲間もいる。

かつて中湧別から網走にかけてサロマ湖やオホーツク沿岸を走る湧網線があった。
はじめてバイクで北海道を旅した時はまだ健在であり、二度目の渡道の際に前回渡った踏切が無くなっているのに衝撃を受けたものだ。
車窓の良さで知られ、国鉄線上から全廃された蒸気機関車が復活するにあたり有力候補路線として名を上げたが
赤字を抱える国鉄としては新幹線での集客を期待し、現在の山口線に決定した。
当時は誠に残念な思いがしたが、今となっては全くやる気のないJR北海道ではとっくに廃止となっていただろうし、これで良かったのだと思う。
それにこの地にC57やC58では沿線風景に似合わない。
なんでも蒸気機関車が走ればそれでいいのではなく、ここはやっぱりリベットも厳めしい大正の名機、9600がお似合いだ。
スピードは全く苦手な機関車ではあるが、ここは逞しい太いボイラーのいかにも北辺の厳しい大地を一歩ずつ、そして確実に進むキューロクこそ相応しい。

そのキューロクが廃線跡の卯原内駅に旧型客車と共に保存されている。
夜に訪れると彼は星空の下で静かに佇んでいた。
屋根もなく塩害が心配されるがそれほど保存状態も悪くなく、在りし日のことを思い出しているようだ。
時折り、すぐ横を走る国道の車のヘッドライトに照らされ浮かび上がる巨体。
彼の横でしゃがみ込み、問いかけるようにじっと姿を見ていると
圧力を上げ発車を今かと待つキューロクが、やがて夜空へ汽笛高らかに轟かせ銀河の旅路に発って行ったような、そんな彼の魂を見た気がした。



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旧国鉄湧網線 卯原内駅跡




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  1. 2016/08/16(火) 19:04:59|
  2. 廃線・保存機
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プロフィール

u403tsugaru

Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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