笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

国鉄の残影・後編

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ガラリと扉が開いて、駅長さんがフライキを持って本屋から出てくる。
信号機のテコを倒して腕木がガタンと音を立てて下がった。

下り場内、進行よし!



早春の日差しに微睡んで…


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トラ70000、ハワム80000、ワフ29500…
ローカル貨物が主をまだかまだかと待っている。

キューロクよ、早くやっておいで・・・。


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旧国鉄相生線 北見相生駅


けれども二度と汽車は来ることはない。

まるで路線が生きてるように見えたのは、薪が積まれた生活感のある駅に貨車が停まっていたからか。


ここは阿寒の麓の終端駅。
いつか釧路に繋がる夢破れ、来るはずもないキューロクを今も赤い涙を流して貨物列車が待っていた。




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  1. 2018/04/25(水) 18:01:23|
  2. 廃線・保存機
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国鉄の残影・前編

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長い冬が終わりを告げ、北辺の駅にもようやく春がやって来た。



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腕木が倒れて進行現示になるのをじっと待ち続け、年月だけがいたずらに過ぎて行く…。



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福寿草が咲いて季節は廻っているというのに…



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旧国鉄相生線 北見相生駅


おーい、いつまで待てばいいんだ~?

発車を待つキハ22の、そんな声が聞こえた気がした。




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  1. 2018/04/22(日) 14:51:30|
  2. 廃線・保存機
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根室標津の熱い想い

昨日の昼、宮城の友人から「こんなものがあるとは知らなかった」とラインが来た。
なにかと思えば根室標津駅跡地にある転車台に、近くに保存されているC11を移動させて乗せるというプロジェクトだった。
以前、どこかでC11を整備するような話は聞いた覚えはあったが、各地で痛んだ機関車の修復と同じことが行われるのだろうと大して気に留めないでいた。
根室地方の小さな町でそんな大規模なことをするのか…と送ってくれた標津転車台保存会のホームページを見ると
転車台も動かせるよう整備し、機関車は車輪が回せるようになったとある。
動力はてっきり圧縮空気かと思いきや、なんと電動式とのことだった。

見れば見るほどジッとしていられなくなり、14時頃になって標津に向かった。



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標津町標津文化ホール


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(ドラマチックトーンにて撮影)
かつての僚機だった大井川の227号機と同じくコールバンカには手擦りが装備される。


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握り棒を見ると北海道型だなぁと改めて思わせる。
小さな機関車だが、下から見上げると蒸気機関車の威風堂々とした姿にいつも圧倒されてしまう。
静態保存であってもカッコいいものはカッコいい。


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根室標津駅跡地 下路式手押し転車台


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(ラフモノクロームにて現像)
アッシュピットまで復元かと思えば、見学者に機関車の下も見てもらうためのピットとのこと。
草に埋もれていた廃線当時の線路は地盤沈下と枕木の腐敗のため一旦線路を外し新設された。

標津線が廃止となったのが1989年、それから早28年が経つ。
今もなお、地域発展のために尽力した鉄道を忘れることなく、財政も厳しいだろう果ての小さな町で
少しずつコツコツと進めてきた有志の方々の苦労も並大抵のことではなかっただろう。
北海道の鉄道は今存続の危機に立たされている中で、このプロジェクトに挑む関係者の意気込みに拍手を送りたい。

なお、明後日の8月6日に文化ホールに保存されている機関車を転車台付近に移動し、10月8日に開催される旧標津線フットパスイベントで公開予定とのこと。
お近くの方や興味のある方は、ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。




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  1. 2017/08/04(金) 18:44:28|
  2. 廃線・保存機
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一度きりの銀河

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旧・北海道ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線 薫別~大誉地


今やSL銀河といえばC58239が牽く釜石線の列車を誰しもが思うだろう。
しかし、僕は北海道に走ったSL銀河が忘れられない。

北海道の短い夏の盛り、2001年7月31日から8月5日まで北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に
JR北海道から借り入れたC11171と旧客2輌という往年のローカル線を彷彿とさせる汽車が走った。

取り立てて特徴のある路線ではなかったように思うが、それでも道東らしい山々と畑作地帯を行く沿線は大変な盛り上がりとなり、蒸気現役時代を懐かしむ人々で賑わった。
運行は、片道約140キロの路線ではタンク機関車のC11では走り切れず、中間地点となる陸別駅で給炭水を行い二日かけて往復するというものだった。

本来であればここにはキューロクが…などと愚痴を溢すも、北海道らしい爽やかな風を纏った汽車が川を渡り、汽笛が深い森に響けばたちまち体は震え涙が頬を伝う。
陸別駅で久々に生きた蒸気のキャブに乗せて頂いたが、中は熱く、火室内はC11の命が真っ赤に燃えていた。
機関助士が扱うスコップの音、石炭や油の匂い、蒸気の音、ドレンとなった水の滴る様・・・
なにもかもが愛しいほどたまらない。


廃線を何とか回避するための起爆剤として蒸気運行を定期的に行うのかと密かに淡い期待寄せたが
これが最初で最後になり、路線自体も残念ながらこの5年後に廃止されることになる。
当時まだ残っていた昔懐かしいハエタタキをはじめ、銀河線らしさを出したものが遂に一枚も撮れずに終わってしまったことが心残りでならない。

思えばこの時が真夏の夜空に輝く銀河のように、ふるさと銀河線が最も輝いた日々であったように思う。




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  1. 2017/06/18(日) 02:06:40|
  2. 廃線・保存機
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オレたちの機関車

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日本全国にどれだけの蒸気機関車が保存されているのだろう。
恐らく相当数の機関車が保存されているのだろうが、手入れの行き届いてない機関車が多い中でここのD51は本当に幸せ者だと思う。

先の記事にも載せた安平町鉄道資料館。
昭和50年12月24日限りで引退したD51は、本来ならば当日に本線牽引最終列車を牽いたD51241が保存される予定だった。
だが、保存のために保管されていた機関区火災により241号機のみならず最終日まで活躍した仲間も被災し、急遽320号機に決定した。
それでも鉄道の町追分の機関車へ対する愛情は深く、また被災した機関車たちへの鎮魂の意味もあるのだろうその想いは320号機だけにとどまらず、
駅前に残る最後のデコイチ4輌の内の一輌465号機の動輪や、動輪をモチーフにした橋の欄干などのように随所に見られる。

普段保管している建屋内には、蒸気機関車を愛する多くの方たちから寄贈された部品や工具も揃えられ、時には部品交換も行うそうだ。
定期的に屋外に出して足回りに油を回し、シリンダーの清掃までもし、ここまで手入れされている機関車は梅小路などのJRが管理する施設を除けば僕の浅はかな知識では他に知らない。

かつてJRで蒸気機関車を復活させる際、部品を使いたいと打診もあったようだが断ったのだという。
長年手塩にかけて保存してきた自負もあるのだろう。
或いはC623号機の運行廃止に見る態度に、客寄せパンダ的に使われるのは忍びなかったのかもしれない。
この日も丁寧に各所を磨き上げる保存会の方たち。
ギラリと油光りする機関車を見る目は、このD51はオラが町、オレたちの機関車だと我が子を慈しむような眼差しだった。
いつまでも末永く、またその魂も受け繋いでいって欲しいと願わずにはいられなかった。



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安平町鉄道資料館     2014年9月撮影




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  1. 2016/08/25(木) 03:20:34|
  2. 廃線・保存機
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下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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