ある動画がきっかけで知り合うこととなった宮城の友人。
それまではコメントのやり取りだったものが、彼の動画作品を送って頂いてからというもの
大学の同級生という彼の親友と共々、今日に至るまで大変お世話になっている。
動画作品を頂いたお礼にと、僕は雪景色の中を走る下手な蒸気機関車の絵を送った。
たまたま20年前に描いた絵が彼の出身地だったからだ。
その絵を見た彼は一目で故郷だと分かったらしい。そして家族にも見せ、ご両親もその絵の場所を理解されたとのことだった。
東北へ足を延ばした時、ここまで来たのだから彼のご両親へ初見のご挨拶に伺おうと陸羽東線の乗客となった。
雪深い赤倉温泉駅に降り立つと、見知らぬ女性が僕の方に怪訝そうな面持ちで近付いて来る。
目の弱い僕は雪目を防ぐためにサングラスをかけていたが、何だか態度が悪かったのかなと思っているとその女性から名を呼ばれた。
お母さまだった。
赤倉へ寄ることを彼に知らせていたのだが、ご両親に僕が行くことをあらかじめ伝えていたのだった。
ご自宅に案内して頂き、お父さまにもお会いすることが出来た。
お昼近い時間だったためそこを避けてご挨拶程度で伺うはずが、結局はお昼ご飯を頂戴し、お茶菓子まで頂いてしまったばかりか
その後、友人が薦めてくれた三之丞温泉へ行くにあたり車で送ってまでして頂いた。
情緒ある温泉に浸かり、駅までの道程を雪景色を眺めながら歩けばのんびりし過ぎて列車に乗り遅れてしまった。
次の列車まで約3時間。
山国の日没は早く、途端に金属音が耳奥に聞こえるような厳しい冷気がやって来る。
無人駅で火の気がない待合室はとにかく寒かった。
辺りを見れば山里の小さな町は闇に包まれ、駅前の通りとて車が時々行き交うだけの寂しい光景となっていた。
列車まで数分という頃、ふと視線を待合室の外に向けるとどこかで見たような顔が会釈しているように見えた。
向こうの人違い?と半ば疑い目を凝らせば、なんと友人のお母さまだった。
まだ駅にいるとの知らせが彼の方から入ったらしく、寒い中大変だったろうにと米を焚き
急いで弁当を作って、今日初めて会った訳の分からん男のために一人夜道を歩いて駅に届けてくれたのだった。
「山形のお米だからね、あったかい内に食べて」
見送らないからねと笑顔で手を振り、今来た道を戻って行かれた後ろ姿に礼をした。
陸羽東線 羽前赤倉駅(現・赤倉温泉駅)
雪のホームに僅か二輌ばかりの列車が滑り込む。
隣の車輛に二人ほど、僕が乗った車輛は誰もいなかった。
進行方向に背を向けて、夜に瞬く町の灯りは右に左に揺れながら小さくなっていく。
手にした弁当は出来たてで、その温かさが凍えた手に優しかった。
ありがとう、さようなら。
ポツンと灯りがひとつ、またひとつと後ろに飛んでいく。
暗闇しか見えなくなった車窓の向こうに瞬いているはずの小さな町。
いただきます・・・
弁当を頬張ると自然と目頭が熱くなった。
どんな想いで作ってくれたんだろう。
どうしてここまでしてくれたんだろう。
心のこもった弁当からは、母のような温もりが伝わり、感謝の念しか抱けなかった。
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- 2017/02/16(木) 01:57:13|
- 陸羽東線
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