笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

晩愁の煙

只見線の魅力は会津平の田園地帯と奥会津の渓谷美…と、少し前の記事でも触れたが
僕にとってはもうひとつ、それらを越える最大の魅力がある。
それは山深い奥会津に点在する集落である。
北海道では考えられない山奥の細くて頼りない道を行けば、こんな所に?と驚くような場所に家がある。
国道沿いの集落も鉄道沿線の集落も、そして山深くの集落も閉鎖感はなく
どこも生活感のある、人々の暮らしの匂いが山里の風景に滲み出るように広がっている。
僕はこの匂いがとても心地よく思えてならない。
初めて雑誌で見た只見線も、旅で初めて訪れた時も、なんていい匂いのする里なんだろうと心底思ったものである。
そんな風景が色濃く見られるのが、現在不通区間となっている会津川口~只見間なのだが
それでも柳津、桧原、宮下と、感じのよい里の風景を只見線は往く。
中でも大好きな里は中川である。
只見川の縁に沿うように広がる会津造りの集落の間を線路が走り、キハも春夏秋冬たまらない魅力を見せてくれている。



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只見線 会津中川~会津水沼   2014年11月9日撮影


試運転時にロケハンも兼ねて来たが煙はスカの惰性区間だった。
本番運転時には宮城の友人が旅に加わり、彼の知り合いの機関士さんがうちらがいると知り、わざわざ減速までして力行してくれた。
言ってみれば演出の煙かもしれないが、僕にとっての会津はこれに尽きると言っても過言ではない会津の里を往く汽車の風景。
雨がそぼ降る晩秋の奥会津に郷愁を漂わせ、会津の主だったC11の牽く列車は涙が出るほど心を揺さぶられた。
機関士さんたちのご厚意に深く深く感謝すると共に、この時の様々な出会いと汽車が見せてくれた旅を僕は一生忘れない。



追記
僕の下手な写真と記事よりも、友人が撮影した作品の方が会津の魅力が伝わると思います。
ご興味のある方は是非ともご覧下さい。









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  1. 2016/12/09(金) 22:40:31|
  2. 只見線
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手を繋ぎ

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只見線 会津川口行列車内にて   2014年11月8日撮影



旧型客車が現役の頃は、機関車が蒸気機関車だろうと電気機関車だろうと
よくこんな光景を飽きずに見ていたものだ。
ガッチャンガッチャンと音を立てて、随分と連結器には隙間があるものだなぁと思ったものである。
減速時にブレーキの下手な機関士だとその隙間が広がったり縮まったり、その分客車にもショックが伝わった。

長大編成の貨物列車が発車する時、連結器がひとつずつカン・カン・カン・カン…と音を立てて
ゆっくりと動き出すこともあれば、遠方から荒々しくけたたましい音を立てて列車を押し出す光景も見られた。
そんな様子を見ながら自分の両手を弓の字に曲げて連結時の様子を真似てみたり
集団登校時に友だちと連結ごっこをしたりと遊んだことが懐かしい。

客車列車が絶滅した現在、イベント列車の時くらいにしか見られなくなってしまったが
久しぶりに蒸気機関車の背中を見ながらその音と光景を堪能した。




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  1. 2016/12/09(金) 21:18:55|
  2. 只見線
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夢叶わずに

小学生の頃の夢、それは蒸気機関車の機関士になることだった。

北長野でD51のキャブ内に入れてもらい、助士席に座らせてもらった。
「そこを踏んでみな」
と指されたペダルを踏んでみる。
焚口戸が両方に割れ、紅々と燃え盛るD51の心臓部を見た。
大きくなったらデゴイチの機関士さんになる!と告げるとにっこり笑って
そうか、待ってるぞと煤で汚れた軍手越しに握手をしてくれた。


会津若松駅に着いた頃、プラットホームは夜汽車の雰囲気が流れ始めていた。
無事に運転を終え、あとは機関区へ還るのみ。
ひとつの仕事をやり遂げた男の顔がそこにあった。

もし、夢が叶っていたら・・・
そこの席に座っていたのは僕だったかもしれない、と
あのとき機関士さんと交わした握手の感触が右手に蘇っていた。




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只見線 会津若松駅    2014年11月8日撮影




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  1. 2016/11/28(月) 00:04:13|
  2. 只見線
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C11と只見線

先日、飯山線でC11が走り沿線は大変な賑わいだったようだ。
飯山線は僕にとっても子供の頃から慣れ親しんだ路線のために愛着もあり、
千曲川や点在する村を見ながらの車窓は素朴で美しく、そこに蒸気機関車が走ってくれたというのはとても嬉しく思う。

しかしC11という機関車、僕には会津のイメージがとても強い。
現役時の写真を見ると標津線や日南線の姿も「らしさ」があってよかったと思うが、只見・会津・日中の会津三線のC11は子供心に強い印象を与えた。

その只見線の魅力といえば大きく分けてふたつ、会津平の田園地帯と奥会津の渓谷美ではないだろうか。
広大な水田は、春は一面の水鏡、夏には青々と涼やかに、秋は黄金の実を垂れて、冬は白い雪に眠る。
奥会津へと足を踏み入れば、只見川を渡り返す第一から第四の他、滝谷、柳津、宮下と支流を渡る橋梁など数多く、その表情はとても豊かだ。
そんな会津の里を往くC11は実に旅愁に溢れ、懐かしい気持ちにさせてくれる。


会津三線の内、日中線は廃止、会津線は会津鉄道とそれそれの運命を辿り
残る只見線は2011年に発生した新潟福島豪雨によって橋脚が流され、現在も会津川口~只見間は不通となっている現実に胸が詰まる。
年々線路は痛み、仮に復旧するにしても年を追うごとに費用はかさむ。
この旅の途中、中川の駅で声を掛けてくれた道路工事をしていた方が地元の悲痛を訴えるように話してくれたことが今でも忘れられない。



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只見線 会津水沼~会津中川   2014年11月9日撮影




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  1. 2016/11/27(日) 13:16:48|
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鎮守の横を

早いものであれから2年の歳月が流れた。
試運転最終日、まだ日も明けやらぬ早朝に着いた会津平は深い霧の中だった。
予想以上の寒さに身体は凍え、それとは裏腹に僕の心は熱く高鳴っていた。
2001年、只見線に煙が復活すると聞いた時はいても経ってもいられず北海道から会津を訪れ、
以来やっとの思いでその機会を得ることができた。

「草深いローカル線」という表現が似合う路線は随分と少なくなってしまったが
只見線はその数少なく、且つ最も蒸気機関車の似合う路線のひとつであると思う。
小学生の頃に雑誌等で見てからというもの、その郷愁溢れる風景に魅かれ何度旅に出たことだろう。
そんな只見線に求めていたのは蒸気機関車の迫力ではなく、会津という里を走る日本の汽車の姿だった。


陣取った神社の境内では数名の同業者の方が集まった。
その内の一人が向こうの道路はすごい人だかりだと言う。
人混みを苦手としている自分だが幸いにもそれ以上人数は増えることなく、和やかなムードで汽車が来るのを待つこと数時間。
会津平に響くC11の汽笛、近付くドラフトに全身が震える。

来た・・・!!

ロッドの音も軽やかに、里色に染まった村の鎮守の横を往く。
乾いた旧客のジョイント音、遠ざかる汽車の音、辺りに漂う残り香・・・。


まだ一本目の撮影なのに、
でも、もうそれだけで満足だった。



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只見線 根岸~新鶴   2014年11月6日撮影




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  1. 2016/11/14(月) 22:40:13|
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Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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