笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

捧げる

子供の頃、いつも不思議に思っていた。
鉄道沿線に集まる人たちは、なんで写真なんか撮るんだろう…と。
当時はSLブームで、蒸気機関車が走る沿線には多くの人だかりが出来ていた。

一瞬で通り過ぎてしまう写真なんかより乗っていた方がいいのになぁ…
その方が大好きな蒸気機関車を長いこと見てられる…
汽笛を鳴らしてシュッシュと立てる音を聞いていられる…
煙の匂いをいつまでも嗅ぎながら列車に揺られて車窓を眺めていられる…

そんな理由からだった。
今でこそ鉄道写真なんてものを一応撮ってはいるが、時には蒸気機関車の牽く列車に乗りたいと
秩父や真岡で撮影を止めて何度か汽車に乗車した。
その汽車に子供の頃からずっと乗りたいと思っていた汽車があった。

会津の汽車…がそれだ。
小学一年生の時に母方の祖父が贈ってくれた蒸気機関車の写真集によって知り得た会津という土地への想像は新たな汽車の写真を見るにつけ、
只見・会津・日中の各路線を走るC11は日本の汽車そのものという感情を抱かせた。
それは大好きな飯山線と長野電鉄といういつも田舎に行けば乗れた贔屓路線を除けば一番興味のある路線の汽車だった。


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会津への想像は、その後「会津ほまれ」と「花春」の日本酒のCMに映し出される映像に更に掻き立てられることになる。
ほまれでは雪の里を笠と蓑を被って歩く村人と、囲炉裏を囲って酒を呑む映像に大塚文雄の歌う会津磐梯山が耳に残り、
花春では残雪の磐梯山の袂に猪苗代湖、風に揺れる桜の花びらが春の日差しに煌めく小川に散っては流れる…
なんて風景を想像した。
加えて当時放送されていた新日本紀行という番組によって、ここは日本のふるさとなのだと
子供ながらに心に来るものがあったことを覚えている。
我ながら爺臭い変な子供だったと思うが、とりわけ新日本紀行の曲が大好きで、あの拍子木の響きは
雪深い会津になんて似合うのだろうと、以来会津といえばC11、日本酒、新日本紀行と今でもこの三つが頭の中を占領する。


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会津は紅葉の名所でもある。
奥会津に赴けばまさに燃えるような紅葉となり、美しい渓谷と里の風景が車窓を流れる。
高校生の頃だったか毎年キヨスクで買っていたSLカレンダーも楽しみのひとつで、
必ずといっていいほど10月の暦は会津のC11が載っていた。
そのC11が現役の頃の会津には遂に行けず、あと5年早く生まれていれば…、
いや何であの時連れていってくれと親にせがまなかったのか…としばらく悔やんでいたものだった。


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あれから40年、そんな恋い焦がれたような思いの会津の汽車にやっと念願叶って乗れる機会を得た。
2014年11月8日、朝霧が残る会津若松駅。
切符を取ってくれた宮城の友人と再会し、汽車のゆりかごと翌日の撮影を共にする旅の始まりだ。
現役の頃とは全く違うイベント列車だが、C11と旧客3輌という出で立ちに僕の心はあの頃へと還って行った。
長い汽笛一声、若松を発車する。
ゴトンとゆっくり揺れるたび、車窓に白い蒸気が映るたび、頭を流れるほまれと花春、新日本紀行…。
もうこのまま死んでもいいと心底思える会津の汽車の温もりに、

汽車は撮るものじゃなくて乗るものだ…

と不思議がっていた子供の頃の心境になっていた。


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C11の息遣い間近のデッキに立ち、そのままトンネルに入れば途端に熱風のような煙に巻き込まれ、シンダが顔に当たる。
充満する煙に息苦しさを感じながらもそれすら愛おしい。
汽車は燃えるような紅葉の奥会津をゴトンと進む。
何度となく只見川を渡り、里を往き、あぁなんていいんだろうと涙腺が緩みそうになった。
前々日の泊まっていた宿のおばちゃんが売っていた駅弁を会津宮下で買い、その優しい味に舌鼓を打ったこと、
すっかり顔馴染みとなった機関士さんを友人が紹介してくれたこと、会津川口で折り返し最後尾の客車貫通デッキから
煙が、線路が、紅葉が、真後ろに流れていく風景も、孫を連れて汽車に乗ってたお爺さんの笑顔も、僕はどれも忘れない。


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そんな会津の汽車旅を叶えてくれた友人は、めでたいことに今日結婚する。
新たな門出を迎え、この先様々な重い荷物を牽くことになるだろう。
けれどもきっと大丈夫だ。
これからは重連、どんな坂でも越えられるはずだ。
どうか二人に幸あれと心より願う。

そしていつの日か、またこんな汽車旅をしたいものだと思う。

おめでとう!!




  1. 2017/11/03(金) 10:14:46|
  2. 只見線
  3. | コメント:6

晩愁の煙

只見線の魅力は会津平の田園地帯と奥会津の渓谷美…と、少し前の記事でも触れたが
僕にとってはもうひとつ、それらを越える最大の魅力がある。
それは山深い奥会津に点在する集落である。
北海道では考えられない山奥の細くて頼りない道を行けば、こんな所に?と驚くような場所に家がある。
国道沿いの集落も鉄道沿線の集落も、そして山深くの集落も閉鎖感はなく
どこも生活感のある、人々の暮らしの匂いが山里の風景に滲み出るように広がっている。
僕はこの匂いがとても心地よく思えてならない。
初めて雑誌で見た只見線も、旅で初めて訪れた時も、なんていい匂いのする里なんだろうと心底思ったものである。
そんな風景が色濃く見られるのが、現在不通区間となっている会津川口~只見間なのだが
それでも柳津、桧原、宮下と、感じのよい里の風景を只見線は往く。
中でも大好きな里は中川である。
只見川の縁に沿うように広がる会津造りの集落の間を線路が走り、キハも春夏秋冬たまらない魅力を見せてくれている。



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只見線 会津中川~会津水沼   2014年11月9日撮影


試運転時にロケハンも兼ねて来たが煙はスカの惰性区間だった。
本番運転時には宮城の友人が旅に加わり、彼の知り合いの機関士さんがうちらがいると知り、わざわざ減速までして力行してくれた。
言ってみれば演出の煙かもしれないが、僕にとっての会津はこれに尽きると言っても過言ではない会津の里を往く汽車の風景。
雨がそぼ降る晩秋の奥会津に郷愁を漂わせ、会津の主だったC11の牽く列車は涙が出るほど心を揺さぶられた。
機関士さんたちのご厚意に深く深く感謝すると共に、この時の様々な出会いと汽車が見せてくれた旅を僕は一生忘れない。



追記
僕の下手な写真と記事よりも、友人が撮影した作品の方が会津の魅力が伝わると思います。
ご興味のある方は是非ともご覧下さい。









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  1. 2016/12/09(金) 22:40:31|
  2. 只見線
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手を繋ぎ

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只見線 会津川口行列車内にて   2014年11月8日撮影



旧型客車が現役の頃は、機関車が蒸気機関車だろうと電気機関車だろうと
よくこんな光景を飽きずに見ていたものだ。
ガッチャンガッチャンと音を立てて、随分と連結器には隙間があるものだなぁと思ったものである。
減速時にブレーキの下手な機関士だとその隙間が広がったり縮まったり、その分客車にもショックが伝わった。

長大編成の貨物列車が発車する時、連結器がひとつずつカン・カン・カン・カン…と音を立てて
ゆっくりと動き出すこともあれば、遠方から荒々しくけたたましい音を立てて列車を押し出す光景も見られた。
そんな様子を見ながら自分の両手を弓の字に曲げて連結時の様子を真似てみたり
集団登校時に友だちと連結ごっこをしたりと遊んだことが懐かしい。

客車列車が絶滅した現在、イベント列車の時くらいにしか見られなくなってしまったが
久しぶりに蒸気機関車の背中を見ながらその音と光景を堪能した。




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  1. 2016/12/09(金) 21:18:55|
  2. 只見線
  3. | コメント:0

夢叶わずに

小学生の頃の夢、それは蒸気機関車の機関士になることだった。

北長野でD51のキャブ内に入れてもらい、助士席に座らせてもらった。
「そこを踏んでみな」
と指されたペダルを踏んでみる。
焚口戸が両方に割れ、紅々と燃え盛るD51の心臓部を見た。
大きくなったらデゴイチの機関士さんになる!と告げるとにっこり笑って
そうか、待ってるぞと煤で汚れた軍手越しに握手をしてくれた。


会津若松駅に着いた頃、プラットホームは夜汽車の雰囲気が流れ始めていた。
無事に運転を終え、あとは機関区へ還るのみ。
ひとつの仕事をやり遂げた男の顔がそこにあった。

もし、夢が叶っていたら・・・
そこの席に座っていたのは僕だったかもしれない、と
あのとき機関士さんと交わした握手の感触が右手に蘇っていた。




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只見線 会津若松駅    2014年11月8日撮影




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  1. 2016/11/28(月) 00:04:13|
  2. 只見線
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C11と只見線

先日、飯山線でC11が走り沿線は大変な賑わいだったようだ。
飯山線は僕にとっても子供の頃から慣れ親しんだ路線のために愛着もあり、
千曲川や点在する村を見ながらの車窓は素朴で美しく、そこに蒸気機関車が走ってくれたというのはとても嬉しく思う。

しかしC11という機関車、僕には会津のイメージがとても強い。
現役時の写真を見ると標津線や日南線の姿も「らしさ」があってよかったと思うが、只見・会津・日中の会津三線のC11は子供心に強い印象を与えた。

その只見線の魅力といえば大きく分けてふたつ、会津平の田園地帯と奥会津の渓谷美ではないだろうか。
広大な水田は、春は一面の水鏡、夏には青々と涼やかに、秋は黄金の実を垂れて、冬は白い雪に眠る。
奥会津へと足を踏み入れば、只見川を渡り返す第一から第四の他、滝谷、柳津、宮下と支流を渡る橋梁など数多く、その表情はとても豊かだ。
そんな会津の里を往くC11は実に旅愁に溢れ、懐かしい気持ちにさせてくれる。


会津三線の内、日中線は廃止、会津線は会津鉄道とそれそれの運命を辿り
残る只見線は2011年に発生した新潟福島豪雨によって橋脚が流され、現在も会津川口~只見間は不通となっている現実に胸が詰まる。
年々線路は痛み、仮に復旧するにしても年を追うごとに費用はかさむ。
この旅の途中、中川の駅で声を掛けてくれた道路工事をしていた方が地元の悲痛を訴えるように話してくれたことが今でも忘れられない。



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只見線 会津水沼~会津中川   2014年11月9日撮影




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  1. 2016/11/27(日) 13:16:48|
  2. 只見線
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下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
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