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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

裏側

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鶴見線 大川支線 大川~安善


最後まで旧型国電が走っていた路、何度か乗りに行ったっけ。
白石の、急カーブで短い専用ホームに小さくなって停まっていた。
一駅区間を、たった一輛の国電が行ったり来たり・・・
圧迫感のある車窓が一瞬広がる白石運河を渡るともう終点。
古い電車にゴトーン、ゴトーンと揺られる小さな旅は味わい深かった。

あの頃のホームは撤去され
古い電車を引き継いだ新しい電車は駅を通過して行くようになり
次々と姿を消してく専用線で最後にDE10を見たのも遠い日となった。

走る電車は立派になっても路は荒れるばかりの草ぼうぼう。
運行に支障がなければいいっていう問題でもない気がするけどな。
田舎の田畑の畦を走っていたようなローカル線じゃあるまいし。
仮にも日本の重化学工業を支える路線なのだから、もう少し手入れしてもいんでない?
・・・と独り言をぶつくさと。
でも何かこう、鉄道会社が線路を大事にしてないように見えてしまうのは残念だ。




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  1. 2020/08/13(木) 05:10:05|
  2. 鶴見線
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イメージ

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鶴見線 大川支線 大川


本線・海芝浦支線・大川支線からなる鶴見線は、その殆どが臨海地区の重工業地帯を走る。
都会のローカル線として注目度はあるようで休日ともなれば同業者の姿もチラホラ見かけるが
運河沿いに走る海芝浦支線は別にしても鶴見線におけるイメージは「小汚い」であり、昔は大嫌いだった。
至る所が工場だから分かるものの、トラックの往来は多く、道端はこれまた小汚い砂利が吹溜まる。
大型車の排気ガス、巻き上げる砂塵、工場の排煙、薬品臭、とっ散らかったゴミ、そんなようなものがごちゃ混ぜになり
無機質な工場群と廃線となった線路に生えた雑草は伸び放題・・・と見てくれも良くないこともあって
いくら車輌がステンレスの205系であろうとイメージは拭えず、僕には未だに鶴見線=小汚いの図式が成り立つ。


これ以降いつもに増してくだらない話がダラダラと続くので気の進まない方はスルーして頂きたい。


時はバブルの時代、当時勤めていた会社はノンプロを持っていたこともあってか野球が盛んで
毎年開催される会社の草野球大会があり、地区ごとを勝ち抜いた部署が本大会に出場して優勝を競う・・・
という規模の大きな催しを行っていた。
例年地区大会の準決・決勝は単独で人数も練習も出来る大きな部署同士が対決し
僕がいた数名足らずの小さな部署は同じような部署の寄せ集めで、顔も知らなければ人数合わせのための
キャッチボールをしたことすらないおっさん未経験者たちと組む毎年一回戦負けが常だった。

僕は野球は好きであったものの本格的な経験はなく、基本的に運動音痴で会社催しが嫌いで理由を付けては逃げていたが
前年の終わりに前職場のO先輩と、同僚だったN先輩によって半ば強引に自身らが所属する軟式野球部に入部させられ
今回は手前上逃げることが出来ず、年貢の納め時と思って大会に参加した。
その軟式野球部とやらは僕から見れば本格的で、高校硬式野球経験者と中学軟式経験者がほとんどを占め
O先輩は練習試合で長野の松商学園、愛知の東邦と投げ勝ち、一時はいよいよ甲子園へ夢と希望が膨らんだ
という静岡県の元高校球児(投手)で、N先輩は岡山県大会ベスト4進出校の三塁手だった。
中には肩を痛めてノンプロでは出来ず辞めて来たという猛者もいて、そんな軟式部でありながら監督は
あろうことに僕を投手に抜擢し、この催しでも経験という名目で投げる羽目になった。
寄せ集めチーム同士の対決を2回勝ち(僕は2回戦から)、クジ運で稀に起こるザル集団と常勝三部署の内のひとつ、
ポンポンを持って応援する女子社員もいる部署との準決勝が行われた。
試合は相手の元神奈川県強豪校のエースだったKさんと、ポッと出の僕との投げ合いになりスコアボードは0が並ぶ。
終盤になって我が方得点を唯一期待できる二人の硬式経験者の前に四球でランナーが出塁、図ったように長打が出て先制し
最後の相手打者を見逃し三振に仕留めて1-0で勝ってしまう。

当時、甲子園大会でも140キロが出れば本格派投手と言われていた時代、僕はお遊び草野球を時々やる程度だったが
Max132キロ(左投げで115キロ)の真っ直ぐと、O先輩が教えてくれた縦系のカーブとフォーク、自前の小さく曲がるスライダー
(今で言うカットボール)を持っていて、これらを混ぜると先ず打たれることはなく、社内大会でも強いと言われていた
この相手に対しても、先の軟式野球部においても一度も勝った例しがないと聞かされていた対東芝に6-2、
21アウトの内13奪三振でチームとしても初勝利したこともあってそこそこ通用していたようである。
加えて打つ方は左右打ちで、長打は右打ちの方があったが三振率は圧倒的に左が少なく、重宝がられてよく使ってくれた。
いずれにせよ社内大会は周囲も目を疑う想定外の結果となり、ポンポン応援女子は泣いてる者もいて少し引いたが、
自分の職場は常に地区代表を狙えるトップ3であり、まさかこんなザル集団に負けるとは思いもしなかったのだろう。

かくして、会社の草野球大会始まって以来の地区代表をかけたザル集団vs常連部署の決勝戦が始まった。
終盤の僕の手痛いエラーから4点が入り万事休す、今年の決勝は面白いぞと家に帰らず野次馬と化した参加者からも
番狂わせを期待する声は「あー」という落胆の声に変わり、史上初の地区優勝とはならなかったが
この時、準決勝の対戦相手だったメンバーと女子たちも帰らずに声援を送ってくれていた。
その内の一人の女子が試合後に労いの言葉をかけてくれ、それ以来、この準決で対戦した部署の助っ人要員として
呼ばれるようになったある日、僕はショートを任された。
球場は内野席のあるグランドで、一塁ベンチ上に例によって女子たちがいて、労いの言葉をかけてくれた彼女もいた。
その格好が殊更ヤバくて、超ミニスカートとヘソ出しルックであり、一塁に送球すると視界に入るのである。
困ったような嬉しいような複雑な心境の中ノーエラーで済ませられたが、都市対抗野球を見に出かけた東京ドームや、
川崎駅でバッタリ会ったりすることも重なってか、社内大会以降、女性に疎い僕でも分かるくらい近付いてくるようになり、
一つ年上のきれいな女性だったし悪い気はしなかったものの、どうしても乗り気にはなれなかった。

彼女は鶴見線と同じ名だった。
鶴見線といえば小汚い、そのイメージが切っても切れない僕には、えーっ、そんなことで?と言われそうだが
それほど鶴見線=小汚いは強烈で悪いイメージだったのである。
その後、語学が出来る彼女は退職し、某航空会社のCAとなった。
道を間違えたかな・・・




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  1. 2020/08/12(水) 00:36:16|
  2. 鶴見線
  3. | コメント:0

鉄道貨物

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鶴見線 旧石油貨物支線 浜安善


先日BSで寅さんを観ていたら、上田交通の懐かしい丸窓電車が映っていた。
別所温泉駅に入線する電車を拘りの高羽カメラマンが映すアングルには、ホームに所狭しと積まれたリンゴの箱等の小荷物類。
そういえば、貨物輸送が鉄道に多く利用されてた時代は至る所でそんな場面をよく目にすることが出来たっけ・・・

リヤカーは駅の風景に必須のアクセサリーみたいなもので、列車が到着すると貨車から降ろした荷物を載せて
駅員さんがよいせと押していた。
荷物は貨物列車だけでなく旅客列車にも荷物車が連結され、荷物車など付かない列車では
客室内を幌か何かで仕切っていればマシなもの、中には客と一緒にそのまま載せているなんてのもあった。

長野電鉄に旧型電車が走っていた頃、長野駅からの電車にも貨車が1~2輛付くことがあり
どこの駅だか忘れたが、客を乗せたまま貨車の入換作業をしていた記憶がある。
電車が機関車の代わりに貨車を繋いでいる訳だから当然といえば当然で、駅構内を行ったり来たりと
そのたびにガタガタ揺られ(かなり楽しく)、今に思えば随分貴重な体験をしたものだ。

荷物の発着送があるとローカル駅でも扱われ、亜幹線の中間駅から大幹線の大駅、
操車場などで繰り広げられる入換作業はいつ見ても楽しめ
駅間で見る列車は瞬時の内に見えなくなってしまうのに対して、これらはずっと目の届く範囲に機関車がいてくれ
子供にはヘタな所にいるよりも、むしろ駅構内の方が楽しめたように思う。


横浜の、港の潮風に吹かれて米タンの返空列車が到着した。
車止め標識が、この先、線路はないよと知らせる運河の末端線、航行する船のマストが行き交う。
機関車はここで一旦切り離し、車止め標識の手前まで進んで機回しする。
機回しの済んだ機関車は、今度は列車の後部へ連結して米軍のエリアⅠに押し込みを始める。
その一々に行われる幾多の確認と入換作業は、往事の鉄道貨物のありふれていた光景のように陽炎の中で揺れていた。




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  1. 2020/08/06(木) 18:09:41|
  2. 鶴見線
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運河のある鉄路

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鶴見線 海芝浦支線 新芝浦~浅野


輸送を鉄道に頼っていた時代なら多くの線路が敷かれていたであろう京浜運河のある風景。
その名残りは昭和末期から平成初期の頃まではそこそこ見られたように思う。
一気に減ったなぁと感じたのはみなとみらいの工事が本格化した辺りだろうか。
埠頭へ行くと廃止になった線路がそのまま残っていて、ドブ臭い運河と古臭い倉庫、人の気配がしない空間に
夜ともなれば巷で見る港とは一味違う独特な夜景が楽しめた。
まだ生きてる線路があると数輌の貨車が埠頭の照明にボンヤリ浮かび、ホキやトラなどの車輛に乗り込み
たまに運河を通る船を見ていた。
基本的に埠頭は立ち入り禁止だが、無視して入っても港湾労働者や警備員に
「〇〇の区域は船の積み下ろしがあるから行くなよ」くらいの、特にお咎めを受けることのない良い時代で
作業を見ながら飲んだ缶コーヒーの味は忘れられない。

忘れられないついでにもうひとつ、夜の岸壁でビットに腰かけ港を眺めていると艀がやって来た。
近付く艀に邪魔になるなと立ち上がると強烈なライトの向こうでくわえ煙草の作業員が叫ぶ。
どやされるのかと思えば何てことはなく手を貸せと言う。
「おい兄ちゃん、ロープ投げるからそこに引っ掛けてくれや」
言われるがままにロープをビットに引っ掛け、要は体のいいパシリに使われたわけだが悪い気はしなかった。


港湾整備が進み、臨港線も残っていた廃線跡も数を減らし、比較的気軽に入れた運河沿いの規制も厳しくなった。
旭運河沿いにスマートなステンレスの列車が走る。
ちょっとキケンな匂いがしていた運河のある風景は随分と大人しくなった印象を与え、
飲んだ缶コーヒーは少し寂しい味がした。




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  1. 2019/08/06(火) 22:22:57|
  2. 鶴見線
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運河と吹き溜まり

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鶴見線 大川支線 大川~安善


京浜工業地帯のド真ん中を走る鶴見線は都会のローカル線といわれる。
日本の産業を支える大工業地帯にも関わらずそう呼ばれるのは、僅か3輌編成の短い列車と少ない本数からなのだろう。
乗客は工場関係者がほとんどを占め、土日になると日中の時間帯は上下2本ずつの列車しかなく
特に大川支線ともなれば平日でも総本数は朝と夜だけの9本、日中の運行はない。
土日ならば朝2本、夕方1本の計3本で、関西地方の和田岬線日曜ダイヤの2本には敵わないにしても
ダイヤだけでいえば、かつての「日中走らぬ日中線」のようだ。

今でこそ横浜の港はみなとみらいに代表される雰囲気のよい洒落た港になったが
それはそれで好きではあるけれど、それ以前の、一歩裏に行けば見られたドブ臭い運河のある横浜が好きだった。
不良のたまり場というか、出来の悪い小チンピラみたいな連中が倉庫の脇でウンコ座りして
煙草を吹かしていつまでもダベってる、社会から脱落したお誂え向きの吹き溜まりの場所である。

運河、埠頭、工場、倉庫…
川崎・鶴見・横浜と夜な夜な決まった仲間とバイクで屯して、薬品だか何だか得体の知れない刺激臭が鼻に付く
体に悪そうな中にいた吹き溜まりの一員だったということもあってか、運河と工場のある景色は居心地がいい。
見慣れたはずの殺伐とした工場群が夕焼け色に染まり、早くも最終となる列車が運河を渡る。

もっとドブ臭かったのにな…

最近は環境問題もあってきれいになったのだろう運河は、ムッとする湿気に混ざって潮の匂いが纏わりついてきた。




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  1. 2019/08/05(月) 03:53:26|
  2. 鶴見線
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