笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

想いを乗せて

黄昏ゆく空の鉄道情景はなぜこうも旅愁を誘うのだろう。
それが都会の電車であれ新幹線であれ、普段は嫌うそれらの列車にも時折りハッと思わされる時がある。
家路に向かう人、友達や恋人に会いに向かう人、これから仕事に向かう人もあれば旅に出る人の姿もあるかもしれない。
一日の終わりに、そんな様々な人の胸に往来する想いが、そんな物語のようなシーンを見せてくれるのではないかと僕は思うのだ。

素朴な景色が広がる真岡鐡道。
単線非電化のローカル線に小さな汽車が去って行く。
楽しかった汽車旅の想いを乗せて、寺内、久下田と行けば終着駅はあと少しである。


今年も残すところあと一日になった。
ブログを始めたはいいが、結局思ったように更新できずに終わってしまった。
まぁ、ランキングのようなものには全く興味がないので来年もこんな調子で続けていこうと思う。

昨年の今頃は今の状況を全く予想もしていなかったが、さて来年はどんな年になるのだろうか。
どうか皆さんにとって来年も(は)いい年でありますよう。



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真岡鐡道 真岡~寺内




  1. 2015/12/30(水) 20:39:02|
  2. 真岡鐡道
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ある晴れた日に

雪景色というのはなんてきれいなんだろう、雪国に住んでいてそう思うのはおかしいだろうか。
確かに除雪という重労働を考えると雪は厄介だし、凍結路面の歩行や車の運転はことさら気を使う。
それに寒さというものもどうにも苦手で(暑さもだが(汗))、いくら厚着を決め込んだところでこれだけはどうにもならない。
それでも結晶のまま積もった朝の景色を見れば、視線を動かすたびにキラキラと、まるで散りばめたダイヤモンドのように輝き、その美しさに様々な雪の苦労や寒さなど忘れてしまう。

よく晴れたある日、お日さまの光に誘われるかのように外に出た。
いつもの日中より少し温みを感じる陽気にホッとしながら近くの線路の見える場所に行ってみる。
時計を見ると後10分ほどで上り列車がやって来る頃だった。
雪の白さと空の青さの鮮やかなコントラストを拝めるのは雪国暮らしの特権だ。
そんな中を北海道色の白い列車が駆け抜ける。
短い編成ながらも北の暮らしを支え、生活の足となる列車。
いくら道路があり車があろうと鉄道の果たす役割は重要であると共に、僕にとっては旅への想いをも乗せてくれる夢列車なのである。



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石北本線 緋牛内~端野




  1. 2015/12/15(火) 20:41:29|
  2. 石北本線
  3. | コメント:0

汽車を見る視線

蒸気機関車の撮影において、多くの方が煙は必要だという。
理由はいかにも蒸気機関車らしい迫力と力強さに加え、郷愁感も含めて絵になるからだという。
もちろん僕もその一人で全く異論はない。
蒸気機関車が煙を吐くのは発車や峠など力を必要とする時。その他は煙はほとんど出さないで転がっているだけだ。
だけど、果たしてそればかり求めるというのはどうなんだろうとも思う。
煙を出す時だけが蒸気機関車の姿なんだろうか…。
峠を喘ぎ喘ぎやっと登りきり、ホッとした表情で坂道を下る姿は蒸気機関車ではないのだろうか。
菜の花が咲き、春ののどかな風に吹かれて気持ち良さそうに駆ける姿に爆煙はいるのだろうか。

蒸気機関車がまだ現役だった頃、まだ幼かった僕には必ずしも煙を吐く姿だけに魅了された記憶はない。
ジリジリと焼ける構内で発車までのひと時を静かに待つ姿も大好きな蒸気機関車の姿だったし、桜咲く野辺に軽やかに駆けてくる蒸気機関車に煙はなく、ただロッドの音と石炭と油の匂いがした。
駅の待合室でホームに滑り込んでくる汽車もまた煙などなく、それでも僕の大好きな蒸気機関車の姿に変わりなく、子供の目には必ずしも煙は必要なかった。
煙が必要…というのは、僕にとっては大人になってからの産物、勝手に決めつけられた価値観のようなものに思う。
もっと純粋に、子供の頃の、ただ「汽車」に胸をときめかせ単純に好きだった頃の視線をいつまでも忘れずに持っていたい…そう思い改めさせてくれたのが真岡鐡道だった。

真岡鐡道は北関東の単なる田舎のローカル線である。
特別な絶景がある訳でもなく、復路に茂木から天矢場にかけての25‰勾配が唯一の見せ場といったくらいか。
それでも小さな蒸気機関車が走るのにはこの上なく自然で、まるで汽車が走っているのが日常のような素朴さがある。
元国鉄真岡線の頃、ここを走っていたのはC12だった。
そして第三セクターとなった今走る機関車もその頃のC12。
他にもC11が在籍しているが、僕には芳賀路は田舎臭いC12こそが似合っていると思っている。
大型機ほどの魅力はないかもしれないが、真岡鐡道沿線の風景に実によく溶け込み、その姿は美しい。

駅舎は今風に建て替えられているのが殆どの中で木造駅舎として僅かながら残っている駅もある。
そんな片田舎の木造駅舎で、今日の運行を終えネグラの真岡に帰っていく汽車を待った。
冬至が近いこともあり陽は陰り、日光連山から吹き降ろす風が冷たかった。
この日最後の撮影は大人になった目線ではなく、まだ自分が子供だった頃の目線、ただその姿だけ見れば満足だった頃の目線で迎えようと思った。
高感度に弱いのを逆手にあえてノイズでザラつかせ、昭和40年代の古い雑誌のように、そして蒸気機関車の角度もヘッタクレも全て捨て、ただ闇雲に見ては喜んでいたあの頃のように。

結果は…
写真としては酷いものだと思う。
こうしてブログで公開してはいるが、とても人に見せるような代物ではない。
そんな写真だが、それでも僕は満足だった。
なぜならファインダー越しに駅を通過していった汽車の姿を、紛れもなくあの頃一心不乱に見ていた眼差しで見送れたからだった。
僕はこんな視線をいつまでも大切にしていきたいと思う。



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真岡鐡道 寺内駅




  1. 2015/12/10(木) 17:07:39|
  2. 真岡鐡道
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u403tsugaru

Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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