笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

在来線の魅力

今月26日にダイヤ改正が行われ、北海道念願だったという新幹線が開業した。
マスコミもこぞって開業前から取り上げ盛り上がっていたようだが、札幌開業まではまだ当分先の話であり、しかもオホーツク地方のような道内の外れでは少なくとも僕の周囲の反応は今ひとつである。

華々しい新幹線開業の影に在来線の大幅減便と駅廃止がある。
利用者の極端に少ない路線を維持していくのは経営する側としては当然のことなんだろうと思いつつ、一方で過疎の地域にも暮らす人々がいて公共交通機関というものを考えた時、はたしてそれが公共といえるのだろうかとも思う。
単なる生活路線としてでなく、これだけの雄大な風景を走る鉄路は資源とはならないのだろうか。

先月運行されたSL冬の湿原号。
昨年は週末となれば吹雪き運休も多かったのに比べて今年は運行日数も延長運転もなかったにもかかわらず、相次ぐ各路線のSL運行廃止と外国人観光客の増加で結構な乗車率だったと聞いた。

沿線でも遠路はるばる内地から撮影に来られた方も多数いて、この日も関西から来たという年配の方がいた。
天気は快晴で午前中までは遠く阿寒の山もくっきりと見える素晴らしい眺めだった。
生憎その日は夜勤明けで釧路入りしたために往路は撮影できず、どうにか復路まで持って欲しいと願ったが次第に雲が掛かり阿寒の山は見えなくなってしまった。

それでも・・・

湿原の中を白煙をたなびかせてやって来た蒸気機関車。
雄大な大地にしっかり足を付け、確実なテンポで一直線の路を貫いてくるその姿のなんと美しいことか。
揺れる車内から見えるだろう車窓は確実に留まる風景として乗客の目に届いているはずだ。
なにもスピードだけが全てじゃない。
これが在来線の魅力であり、汽車旅の原点でもないだろうか。

汽車はこれより釧路の街に入って行く。
街から町へ、鉄路の旅はそれぞれの土地の匂いを乗せ、しかと旅人の胸に記憶して往く。

汽車が見えなくなってやや暫く、ポォーっと乾いた汽笛が哀愁という名と共に湿原に聞こえた。



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釧網本線 釧路湿原~遠矢





  1. 2016/03/31(木) 01:19:56|
  2. 釧網本線
  3. | コメント:2

蒸気機関車のいる風景

子供の頃に見ていた現役時代の蒸気機関車。
実家近くの大きな操車場には機関区があり、そこにはD51がゴロゴロいた。
中にはC50なんて地味な機関車もいて、一度だけその姿を目にしたことがある。
機関区には大勢の職員がいて、転車台があり、炭水車に石炭を積むガントリークレーンなる大きな設備もあった。
現役末期の蒸気機関車は煤で汚れていたが、どれも生命力に溢れており、その姿は美しかった。

家族で親戚のいる名古屋から足を延ばし奈良に旅行をした際、奈良駅構内にあった奈良機関区では関西本線の山岳重装備のD51を見ることが出来た。
いつも見ているD51とは違い、集煙装置を装備したD51は重厚たる姿で同じ形式とは思えなかったことを覚えている。
スイッチバックの中在家信号所をはじめとする関西本線の加太越えと称される峠路を奮闘する姿は見れなかったけれども、機関区で身体を休める山男が佇む光景は独特の雰囲気に包まれていた。

本線を走る蒸気機関車もいいが、機関区や構内の傍らに佇む姿もいいものだ。
そこには大勢の職員が黙々と働いていて活気に満ち、機関車に纏う蒸気に機関車の息吹と人の気配がしていた。
同じ鉄道車両でも電車や気動車、電気機関車やディーゼル機関車などではやはりこうはいかないようだ。
それだけ蒸気機関車には手間がかかるということなのだろう。
だからこそ彼らにはそれだけ物語があるのだと僕は思う。

標茶で折り返す間、火室や足回りを点検整備する人々の姿が見られた。
炭庫に登り、石炭を掻き均す人もいた。
冷たい風にさらされながらも生きている証である蒸気を纏わせ、そこに体温を感じる。
懐かしい木造の詰所の前にしばし身体を休める姿には今も昔も変わらぬ物語があった。
ああ、やっぱり蒸気機関車はいいもんだなぁ・・・。



P2142045-dfc

釧網本線 標茶駅構内 【ドラマチックトーンにて撮影】




  1. 2016/03/10(木) 22:36:10|
  2. 釧網本線
  3. | コメント:0

生命の湿原

2月、一年で一番楽しみにしていた今や道内では唯一となった「SL冬の湿原号」。
その運行が始まると休みのたびに釧路に通い、挙句には夜勤明けでそのまま直行という強行軍に打って出た。
だが、その割には大した写真も撮れず、つくづく「下っ手くそだなぁ…」と自分の腕の無さを痛感した。
その腕の無さに輪をかけて、今年は北海道も例年になく暖冬で一部地域を除けば雪も少なく、厳冬期であるはずの2月に雨が降ったり、川湯までの延長運転もなしときて盛り上がりにも今ひとつ欠けた。
それでもとにかく仕事か釧路に行ってるかの二通りで、撮り溜めたデータを現像する暇もほとんどなく、何を差し置いても蒸気機関車はなくてはならないもののひとつである僕にとって、ただそれだけが原動力の毎日だった。

今や春から秋にかけて週末を中心にその姿が見られるようになった蒸気運行路線も北は釜石線にはじまり、磐越西線、真岡鐡道、秩父鉄道、大井川鐡道や山口線、肥薩線となった。
どの路線もそれぞれの土地の匂いがあり、その地方ならではの心震えるような風景がある。
中でも大井川鐡道は通年を通してほぼ毎日運行され、四季を通じて土地に溶け込んだ姿を見ることが出来る貴重な路線である。
北海道の蒸気運行はJRの度重なる不祥事と、開業まであと数日に迫った北海道新幹線に全力を尽くすとかなんやらで厳冬期に走る釧網本線しか見ることが出来なくなってしまったが、各地に走る蒸気運行路線を以ってしても太刀打ちできない圧倒的なスケール感がある。
走る機関車は小型機のC11で大型のD51やC61などの個別形式の魅力や迫力、威圧感こそないかもしれない。
でも、蒸気機関車はその土地に見合った形式がそこで見せる姿こそ美しいと信じる僕には決してどの線区より劣ることはなく、雄大な景色をひた走る姿がなんといっても一番の魅力ではないかと思う。

早朝、北見地方の我が家からガチガチに凍結した峠道を越える。
凍結しているのはなにも道だけではなく、周囲の木々や峠から見下ろす屈斜路湖まで全てにおいて真っ白だ。
たまに擦れ違うトラックは砂埃のように雪を巻き上げ一瞬視界がゼロとなる。
少しでも油断し、焦って急が付くような操作をすれば木っ端のようにあっという間に吹っ飛んでしまいそうな冬道の運転は毎度のことながら緊張の連続である。
釧路湿原の終端の町である標茶で食料や飲み物を調達し、撮影地近くの場所に車を停める。
ここから機材を担いで気の遠くなるような広い湿原の中を徒歩約40分。
大汗をかきながら辿り着いた先には、眼下に惰行する釧路川と果てしない湿原、どこまでも高く青い空が広がっていた。

待つこと3時間。
遠く釧路湿原駅を発車する汽笛が湿原を渡って来た。
ドレンを切る音、歯切れるドラフトの音、それらが近付くたびにC11の動きが手に取るようにわかる。
「さて、おっ始めるか」
先ほどまで話していた同業者の方の一人が発した言葉を境に独特の緊張感が走る。
ここに苦労してやって来た全ての人がこの一瞬に懸けている。
カーブの向こうから煙が見えた。と同時にドラフト音がよりはっきり聞こえて来た。
いい煙が舞う。釧路川と並行するように待ちに待った汽車がやって来る。
丘の切り通しから一瞬光が機関車を照らし煙が浮き上がった。
本番はこの後の惰行する釧路川の袂を横切る時であったが、僕にはこの時の光景がとても印象的に映った。

汽車は盛大な煙を吐いて過ぎ去った。
いつもなら小型機といえどもその黒くメカニカルな動きに圧倒され、石炭と油の体臭に酔い、轟く汽笛に震えるものがそれらはこの湿原の景色にはあまりにも小さく、そしてそれは実は生命のひとつにしか過ぎなかったのだと思わされた。
人間が作った機械である蒸気機関車、頼りないほどの二条の鉄路は、ここに生きるエゾシカやタンチョウ、その他多くの動植物となんら変わらぬ生命のひとつだった。
ここで暮らす全ての生き物の命の源である釧路湿原に改めてその大きさと感動を実感させられた、そんな瞬間だった。



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釧網本線 細岡~塘路




  1. 2016/03/08(火) 01:23:00|
  2. 釧網本線
  3. | コメント:0

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Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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