笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

もうすぐ夏がやって来る

もうすぐ、暑い夏がやって来る。
夏といえばなんといっても高い青空と入道雲、やかましいほどの蝉時雨だろうか。
幼少から社会人になるまで必ず訪れていた母方の故郷長野県北信地方。
爽やかなイメージのある信州だが盆地故に日中はとにかく暑い。
それでも青々とした田んぼや近くを流れていた千曲川、そこに流れ込む小川のせせらぎに涼を感じ
ギラギラとした強い陽差しの下、汗でビショビショになりながらも一日中網を持ってリンゴ畑で蝉などの虫取りに夢中になっていた。

朝、やたら広い古い農家の部屋で目覚めれば早速外に出て池の鯉に餌をやる。
庭先に咲くアサガオや色鮮やかなマツバボタンをしきりに眺め、土と山の匂いを胸いっぱいに嗅ぐ。
子供ながらにそれら田舎の匂いが大好きだった。
昼飯後は必ず一家で昼寝をし、もどかしく思いながらも部屋に流れ込む涼しい山の風にいつしか眠りに入る。
午後の陽射しは少し赤味を帯びて向日葵やタチアオイに照りつける、その独特な色合いに子供ながらに感じるものがあった。
振り返れば裏を走る長野電鉄木島線の短い電車がコトン・・コトン・・と通り過ぎ、千曲の対岸に時折り流れる飯山線の汽車の煙。
それらがすべてシンクロして、僕の心に夏の匂いとして焼き付いている。


秩父鉄道。
復活蒸気が走る路線としては正直一番嫌いな路線だった。
当時自宅から一番近い蒸気運行路線だったが、当初テンダーに派手なロゴが描かれていたことと電化区間、
それもやたらとケーブルが目障りだったことに加え、石灰の採掘が盛んな地方らしくどこか埃っぽい気がして好きになれずにいた。
ひとたび線路を離れれば、これほどのどかで旅情を感じる風景があるのにどうして線路がここにはないのだと歯がゆくなる沿線風景も好きになれない理由のひとつでもあった。
せめてもの救いに客車は4輌の旧型客車で地味なC58に似合う編成美だったため、秩父へは時々蒸気の牽く旧客の乗り心地を楽しみに行くという程度だった。
北海道に居を移し、仕事の都合で東京に数年戻った際には旧客はおろか沿線は住宅も増え、煙にそれほど拘りのない僕でも不満を感じるほどの陽炎煙。
ただでさえ写真のセンスがないのを棚に上げ、気が向いて秩父を訪れても駄作を量産するばかりであった。

ある夏の秩父。
あまりの暑さに耐えかねて撮影を終えてからしばし山奥の木々が覆い茂る渓流の脇で休んでいた。
聞こえてくる川の音は涼しげで、蝉の声は心地よい音楽のように思えた。
いつの間にか寝てしまい、目が覚めると子供たちの声。
服のまま川に入り網を持って夢中で魚を追いかけている。
その光景が信州で過ごしたあの夏の日々と同じ匂いがした。
空にはもくもくとした入道雲、焼けた草の匂い、そして夢中で遊ぶ子供たち。
ああ、なんだ、ここにはこんな懐かしい夏の匂いがあったんだ…とそれに気付いてから秩父が大好きになった。
あの頃の僕にとっての原風景と同じ匂いがそこには流れていた。



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もうすぐ暑い夏がやって来る。
川の流れる水の色、木々や山と土の匂い、花の匂い。
ガタンガタンと里を走る電車の音、山に川に轟く蒸気機関車の笛の音・・・。

嫌いだった秩父が思い出させてくれたあの暑い夏。
今しみじみと秩父を走る汽車とその夏に、遠く想いを馳せている。




  1. 2016/06/27(月) 00:16:01|
  2. 秩父鉄道
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白日夢

かつて鉄道が輸送の主役だった頃、主要の駅では大きな構内が備わっていた。
様々な形式の貨車が連なり、場所によっては機関区や客車区などがあって活気に溢れていた。
夜ともなれば高い照明塔からカクテル光線が広い構内を照らし、その中で働く鉄道員がカッコよく見えてならなかった。

次第に時代の波に押され鉄道輸送の形態は大きく変わり、あれほど大きかった構内は機関車も貨車や客車もいなくなり、
そこで働くカッコいい鉄道員の姿も見ることが出来なくなってしまったばかりか線路も撤去され、用地は売却され
少なくとも昔の繁栄を知る僕にとって今の光景は未だにどこか馴染めないでいる。

そんな構内を持っていた駅のひとつ、石北本線と釧網本線の終着駅網走。
諸先輩方の撮影された写真を拝見すれば、ここにもかつて機関支区があり、石北・釧網線のC58、湧網線の9600が、多くの貨車や客車、気動車たちが屯していた。
当時のそんな栄華と時々訪れる網走構内を比べると、今は僅かばかりの気動車が片隅に追いやられるようにいて胸が痛くなるような寂しさを覚える。

先日、石北本線に工臨が運転された折り、その網走を訪れた。
多くの線路が撤去された構内にDE15のエンジン音が久々に響く。
レールを乗せたチキを解結、機回し、連結…、それら一連の作業が懐かしく思えた。
機関車がたった一輌いるだけでこうも構内は活気づくものか。
いつも静かな構内に佇む気動車たちも、まるで親戚が集まりはしゃぐ子供たちのようにどこか気持ちが高ぶっているように見える。
今も残る高い照明塔が見守る中、研修庫脇で身体を休めるキハを横目に北見方面へ向かう列車が誇らしげに発車して行った。
たったそれだけのことなのに、少しだけかつての白日夢を初夏の晴れ間に垣間見た気がした。



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石北・釧網本線 網走駅

OLYMPUS OM-D E-M1
ZUIKO DIGITAL ED50-200mm F2.8-3.5 SWD




  1. 2016/06/24(金) 00:10:57|
  2. 石北本線
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駅に漂う

駅という場所が好きである。
長距離列車が発着する大駅であれ、人家乏しい小駅であれ、そこに列車が停まる空間が好きなのだ。
たとえ列車に通過されようが乗降客がいなかろうが、駅間のものとどこか違う匂いが漂っているように思う。
期待を胸に旅に向かう者、大切な人たちと別れを惜しむ者、会社や学校へ、買い物へ、故郷へ…
様々な想いを乗せた列車は途中途中でそれぞれの物語を乗せて走っていく。

朝の気忙しい時が過ぎ、のどかに流れるお昼前。
少し汗ばむ日差しが降り注ぎ、緑を揺らす風が心地いい。
その風に、峠を越え軽やかな足取りで里に下る列車の音が辺りに届く。
到着を小さな駅の片隅で待っていた。
こんな駅でも人の行き来があり、地元の方たちの手によって駅前はいつもきれいに手入れされている。
ふと、ある夏の旅を思い出していた。

列車の接近を知らせる警報音。
ホームの先を眺むれば、陽炎に揺れた列車がやって来る。
右に左に体をくねらせ、シューッとブレーキの擦れる音。
ポイントを渡ると静かに停車した。
しばし走る・・・というどこか気忙しさから解き放たれた休息の時間。
束の間といえど、そこに流れる時間はのどかで平穏で。
目一杯開かれた窓からは、暑苦しい蝉の鳴き声と花揺らす涼しげな風が流れているだろう。
きんちゃく袋を下げた婆ちゃんが列車に向かう。
曲がった腰を伸ばし駅長とにこやかに話した婆ちゃんは、一度振り返り会釈して乗って行った。

ある日旅に出た、夏のなんてことのない物語。
でも、そんな物語だからこそふと気付かされる。
鉄道が支える人の暮らしの物語。
どんなに道路が整備されようと、どんなに便利な時代になろうと他では決して見ることの出来ない物語。
多少不便であろうと無駄があろうと、鉄道が結んできた人の繋がり、人の暮らし。

手入れされ、花が咲き誇る小さな駅には無人駅となった今でもそこに人の営み、物語が見えてくる。
そんな匂いが漂う駅に今日も列車が静かに停車した。



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石北本線 緋牛内駅

OLYMPUS OM-D E-M1
M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO




  1. 2016/06/16(木) 22:15:10|
  2. 石北本線
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田んぼの風情

田んぼの風情というのは何ていいものだろう。
水を張られ一面水鏡となり、頭を垂れて黄金に染まった姿に至るまでだけでなく、刈り取られた寂しげな姿までもその表情たるは実に豊かで日本の風土に合った風景を見せてくれる。
特に棚田の美しさは維持する側とは裏腹に誰もが魅かれる風景ではないだろうか。

水辺を覗けばオタマジャクシ、アメンボ、ヤゴ、ゲンゴロウ、畔の主はうるさいまでの大合唱…
ふるさとの風景を思い出させてくれるのは、田んぼに集う様々な生き物たちの姿や鳴き声も重要な役割を担っているように思う。

米どころといえば新潟は越後・蒲原平野や富山は散居村で知られる砺波平野、山形の庄内地方など各地に広がっているが、
減反や後継者不足など様々な要因でその姿も減り、とりわけ限界集落と呼ばれる地域の小さな田んぼは荒れ地も目立ち痛々しい。
北海道にも滝川地方や名寄地方など米どころはあっても、ことオホーツク圏となると極端に少なくなる。
北見・端野地方も随分と減り、我が家前もかなり前に畑に変わってしまった。
北海道の広大な土地に広がる畑や牧草地など内地では絶対に味わえない素晴らしい風景もあるが、田んぼの風情というものにおいては内地に一歩譲ると思う。
それでも畔に立てば幼き日々を過ごした懐かしき匂いが運ばれてくる。

旅の途中に立ち寄った小さな里。
さわさわとそよぐ風に暑さを忘れ、畔を歩いたあの頃。
水面に茜が映ればどこからともなく流れくる夕飯の匂いに、「ご飯だよー」と我が子を呼ぶ母の声。
どこか切なく居たたまれぬ想いが押し寄せた。
そんな光景を思い出し、家路に向かえば黄昏時の車窓に故郷を浮かべて汽車が往く。
いつまでもいつまでも鉄の轍を響かせて…。



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石北本線 端野~緋牛内

OLYMPUS OM-D E-M1
ZUIKO DIGITAL ED50-200mm F2.8-3.5 SWD




  1. 2016/06/09(木) 01:40:02|
  2. 石北本線
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旧友と再会した日

初めて大井川鐡道を訪れたのは高校生の頃だったか。
夏に家族旅行で千頭に一泊した時に初めて線路際に立ったように思う。
当時、初めて一眼レフを買うにあたりニコンにするかオリンパスにするか散々迷い、結局ニコンFMを購入し、ドキドキしながら蒸気機関車を待っていた記憶だけは鮮明に覚えている。

現役蒸気が国鉄線上から姿を消したのは1975年だが(追分の9600は除く)、最末期しか知らない僕が最後に見たのは1972年の鉄道100年記念で東海道本線に運転されたC577。
その後1979年に山口線でC571とC581が復活となり、その年の秋には山口に行っているがその時は完全に乗り鉄だった。
勿論久しぶりの煙と汽笛に酔いしれシゴナナの快足ぶりに感激したが、蒸気撮影という名目で線路際に立ったのは大井川が最初であり、この時の高揚感といったら山口のそれとはまた別のものだった。

緑濃き山と茶畑が広がる抜里の里。
背後に控えていた大井川第一橋梁を嫌ったのは、やっぱり有名地故の人の多さというのが理由である。
やがて汽笛が山々に木霊した。
その汽笛に「あれ?おかしいな」と思ったのは木霊のせいだったか…、そう思いながら現れた蒸気機関車はなんと重連だった。
重連なんて現役時代のおぼろげながらのものしか記憶になかったばかりか、ダイヤや重連の情報など全く知る術も持っていなかったからその偶然に全身が震えた。
先頭はタイから里帰りし日本型に復活したばかりのC5644。
初の大井川でお袋の故郷である信州飯山線で何度か見た同形式というのにも何かの縁を感じた。
次位にC11227を従え、この日の主役は少しはにかんでいるようだった。

この時の感動と大井川の河川敷の広さ、昭和時代のような懐かしく長閑な風景に魅せられこの地を何度となく訪れるようになった。
しばらく写真というものから遠ざかっていた時期もバイクで旅をし、新緑の季節は野宿をしに行くのが毎年の恒例となった。
北海道に住みはじめてからも新緑の季節になると大井川を思い出す。
そんな思いから十数年ぶりに訪れた大井川。
神尾、福用、大和田…。
家山、抜里、笹間渡、地名…。 
どこも絵になる美しい風景があり、さてどこにするかと悩んで田野口に腰を下ろすことにした。
勾配に向かうため姿見えずとも駅手前から助走するドラフトが勇ましく、なんともドキドキする場所である。
山も畑も全て緑一色となった田野口の里。
製茶工場からは新茶の香り、人の姿を見なくとも活気を感じる。

駅前の名物の桜も青々と、その向こうから期待していた通りの音が聞こえてきた。
歯切れるドラフト、切り裂くドレン。
汽笛が泣かせるほどに木霊する。
その主役は初めて訪れた時のC5644だった。
あの時とは少し違い、彼はすっかりこの地に馴染んだ自信ありげな表情で
「よ、久しぶり!」
と、小気味よい足取りで目の前を駆け抜けた。



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大井川鐡道 田野口~駿河徳山 2014年6月撮影

OLMPUS E-5
ZUIKO DIGITAL ED50-200mmF2.8-3.5 SWD




  1. 2016/06/01(水) 00:01:50|
  2. 大井川鐵道
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プロフィール

u403tsugaru

Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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