笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

ナローの煙

軽便鉄道という言葉を知ったのは、確か機芸社出版のレイアウトモデリングという雑誌の中にあった祖師谷軽便鉄道の記事だったと思う。
不揃いの枕木や道床と呼ぶにはあまりにも頼りない貧弱な線路、機関区というより車庫といった方がしっくりくるストラクチャー類や油の染みこんだ地面など
そのレベルの高いレイアウトの素晴らしさと共に、そこに資料として掲載されていた沼尻鉄道の写真に見るユニークな車輛たちにあっという間に引き込まれた。

小学校の時分、父親がユネスコ村の西武山口線に運行されていたコッペルを乗せに連れて行ってくれたことがある。
当時はそれがナローと呼ぶものとは知らず、大舞台を脚光を浴びて走る国鉄型蒸気よりもかなり小さな機関車に
何かすぐ手が届きそうなとても身近な存在に感じられ、学校の図工の時間にいつもならD51やC62を描いていた機関車の絵はコッペルになるほど僕の心に深く刻まれた。
沼尻や頸城、尾小屋、木曽森林鉄道のような生活路線とは違えど、今思えばそれが初めて接した軽便鉄道だった。


丸瀬布いこいの森を走る雨宮21号。
キャンプ場や郷土資料館などがある公園内を、駅を中心に前後をリバースした八の字の2キロほどの線路を走る。
公園内ということでJR線などに見る生活感よりも乏しいのは否めないが、それでも紛れもない本物の蒸気機関車だ。
なによりも大切にかわいがられているといった雰囲気がヒシヒシと伝わってくることにとても嬉しさを感じる。
先の台風による被害はこの公園にも及び、現在はキャンプ場内をリバースする区間はまだ不通ではあるものの
関係者の懸命な努力によりもう一方のリバース区間で運転が再開され、
普段は見れない客車一輌を挟んだ雨宮と鶴居村営軌道のDLで編成された小さな列車がゴトゴト走る。
駆ける足回りからは一丁前にカチャコチャとロッドの音を奏で、武利の山々にかつて響いた森林鉄道の笛の音をポーッと木魂させながら
貴重なナローの機関車と車輛たちは今も元気に公園内を走り、訪れた人々を笑顔にしている。



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丸瀬布いこいの森 





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  1. 2016/09/28(水) 00:37:45|
  2. 保存鉄道
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秋色近し

今年の北海道の天候はいつにも増してどうにもおかしい。
寒さ厳しいはずの厳冬期、流氷が来るのは遅く、オホーツク沿岸を埋め尽くすこともなくあっという間に去って行った。
少し暑くなったかと思えばしぶしぶと雨が降り、台風は幾つも上陸し甚大な被害が出た。
9月に入ってからも一日中スッキリと晴れ渡った日もほとんどなく、週間予報ではやっと天気が良くなる気配だ。

早いもので大雪連峰では紅葉が盛りのようだが、今年は先の台風などの影響で黒ずんだ葉も多いらしい。
朝晩もすっかり冷え込み、先日は道北の朱鞠内で1.4℃まで冷え込んだとニュースが伝えていた。
まだ西日本では真夏日があるというのに、こちらではストーブを焚く季節。
そんなことを思うたびに日本列島の細長さと四季の豊かさを感じる。

自宅近くをウロついてみれば、どこの農家さんも収穫に忙しく
少しばかり気温の上がった日中に、朝晩の冷え込みに耐えたセミが今にも死にそうな声で「ギー」と鳴いていた。
桜の葉はすっかり色を変え、辺りを見渡せばススキやナナカマドの色付きに、いよいよ里にも本格的な秋が近いことを報せていた。



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石北本線 緋牛内駅




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  1. 2016/09/23(金) 00:41:51|
  2. 石北本線
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一生忘れない

山口線に蒸気機関車が復活したのは今から37年前の昭和54年8月1日、当時僕はまだ高校生だった。
昭和50年に国鉄線上から蒸気機関車が引退し、小学生の分際でありながらも大変なショックを受けていた身には
まるで世界が明るくなったような気がしたものだ。
使用される機関車はC571とC581と聞いて、山岳路線の山口線に急客機のC57?と生意気にも思ったが
国鉄線上を再び蒸気機関車が走るという事実にどれほどの喜びが込み上げたことだろう。
ただ、マスコミがやたらとC571のことを貴婦人貴婦人と騒ぎ立てるのはうんざりした。
英国機のようなスマートな機関車ならともかく、日本型の真っ黒で無骨な機関車にいくらスラッとした形態のC57とはいえ女性的なイメージはなく、
今でも僕にとってはしーごじゅうなな、シゴナナである。

そのシゴナナに、というよりも営業路線を走る蒸気機関車に会いたくて
復活したその年の秋に横浜駅から寝台特急はやぶさに乗って小郡(現・新山口)へ向かった。
その時の僕の心境は、一瞬で目前を過ぎてしまう撮影よりも、せっかく久しぶりの蒸気機関車なのだから少しでも長く息吹を感じていたいと乗車を選んだ。
色付いた峠に力闘を繰り広げるドラフト音にいちいち感激したが、それ以上に印象に残っているものに驚くほどスムーズな加減速と平坦線を行く速度がある。
当時はまだ現役蒸気を運転した機関士・助士が乗務していたこともあったのだろうが、
全くショックを感じない乗り心地は国電などの比ではなく、さすが急客機と思わせる快足ぶりに酔いしれた。

その後何度か山口線を訪れたものの暫く遠のいた。
蒸気機関車とて永遠ではない。
部品の問題、車齢の問題、様々な問題がある。
北海道に移り住んでからおいそれとは行けない距離に、もう二度とシゴナナに会えないかもしれないとも思った。
仕事の都合で数年東京に戻り、ようやく巡って来た山口行き。
かねてから篠目の発車を見たいと山間の小さな駅に降り立つと柔らかい陽射しと秋の虫が迎えてくれた。
陽が傾き山から冷気が駆け降りて来る頃、まだ学生だった頃から走り続けてきたC571がやって来た。
峠に向けて蒸気圧を上げ空に真っ黒い一条の煙が立ち上る。
汽笛一声。
静かな秋の里に重厚で美しい蒸気機関車の笛の音が幾重にも木霊して、澄んだ夕陽が煙を茜に染め上げた。
目前を力強いドラフトが炸裂し、1750㎜の大動輪が視界いっぱいに横切る。
手を振る大勢の乗客、列車後部のテールランプが過ぎれば後は煙・煙・煙・・・。
峠に挑みいつまでも聞こえてくる彼の激しい息遣いに耳を澄ませ、よくぞ今まで走っていてくれた、よくぞ今まで生きていてくれたと彼に何度も感謝した。

あの時の感動・・・
僕は一生忘れない。



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山口線 篠目駅     2014年10月撮影






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  1. 2016/09/16(金) 03:44:19|
  2. 山口線
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負担

今年の春のダイヤ改正で大幅な減便となった石北本線遠軽~白滝間。
下白滝・旧白滝・上白滝は廃止され、現在は先の台風被害により札幌圏と寸断されてズタズタな状況だ。
復旧は来月中旬とのことだが、なんだか廃止への前兆のように思えて仕方がない。
この時季を走る石北名物のタマネギ列車もJR貨物は廃止にしたくて仕方がないようであるし
長期運休となった今回のことで、なにも鉄道輸送に固執しなくても・・なんて声が上がりそうな気がするのは考え過ぎだろうか。
こうした事はなにも石北に限らず、根室本線や釧網・宗谷・日高線にも言えるように思う。
災害をこれ幸いとし、廃止へと加速しやしないか…鉄道ファンだけにとどまらず、一般人にもささやかれ始めている。

まだ多くの路線が北海道に健在だった頃、バイクで旅した町はまだ息をしていた。
それから数年後に訪れた時の同じ町はどこか死臭の匂いがした。
鉄道からしばらく遠ざかっていたこともあり、駅前の宿に泊めてもらった時に初めて気が付いた廃線の二文字になぜか納得した。
今でもその町は死臭の匂いは消えておらず、北海道にはそんな匂いがそこら中にしている。
道路は整備され、バスが運行されていても消えない死臭の匂い。
あくまでも感覚的なもので専門的なデータを上げろと言われれば何も言えないが
かつて鉄道があった町の、今も暮らす人たちには申し訳なくこんなことは言い難いのだけれども、これが僕の正直な感想である。

このブログ内でたびたび出てくる母方の故郷の信州。
家の裏を走っていた長野電鉄木島線が廃止になってから14年が経つ。
代替バスが走っていても運賃は鉄道の倍以上で道路事情によりダイヤは不正確、そしてそのダイヤも悪くて
通学する子供を3人抱えている親戚宅では送迎に忙しく、老夫婦も部活で遅くなった孫のために暗い夜道に車を走らせる。
ガソリン代もバカにならず、夕飯は時には22時を回ることもあるという。

こんなことは何もここだけに限るまい。
日本全国、鉄道が無くなっただけで今までの生活がガラリと変わり負担を強いられるようになった地域はどれほどあるのだろう。

まだJRが国鉄だった頃、サロマ湖周辺のある宿で夕飯を主人と共にした時の言葉が今も頭にこびり付いている。

「こんな地方で国鉄が民営化してみろ。儲からんであっという間に廃線になるに決まってるべ。
そしたらうちらみたいな商売はどうすんだ?赤字だとか言ったってうちらにゃ死活問題だべ」



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石北本線 旧白滝~白滝(現・下白滝信号場~白滝)     2015年9月撮影




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  1. 2016/09/11(日) 03:37:50|
  2. 石北本線
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哀しき峠に

台風で農作物に多大な被害が出た今年の北海道。
それでも収穫が本格的に始まり、日に日に秋が進んでいくことを実感する。
夜の、少し肌寒くすら感じる郊外では虫の声も盛んになり、やがて山も色付いてくるのだろう。

秋の夜の帳が降りた峠の駅。
国道からそれほど離れていないはずなのに、灯り乏しくいたたまれぬほどの静けさと冷気の中で虫の声が聞こえているだけだった。
今では車で行けば呆気ないほど越えてしまう石狩と天塩の国境も、かつては使命感溢れる鉄道員が暴走する列車を自らの身を投じて事故を防いだ哀しき峠路でもある。
蒸気の時代はD51や麗機C55が苦闘を繰り広げ、今でこそ華々しい特急列車は苦も無く通過するが
車齢を重ねたローカル列車はエンジンの唸りも激しくよじ登って行く。

列車の接近を知らせる警報音が鳴る。
鉄道防風林に囲まれ静かで暗い路を、きっとその日も同じように登って来たのだろう。
色彩の失った森の中からヘッドライトの灯りが構内に届く。
ゆっくりとゆっくりと駅に入ってきた列車のホッとした表情が、ホームの僅かな灯りに浮かび上がった。



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宗谷本線 塩狩駅     2015年9月撮影





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  1. 2016/09/06(火) 03:27:14|
  2. 宗谷本線
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早期復旧を願う

迷走台風10号が猛威を振るい、東北や北海道では大きな傷跡が残った。
台風が過ぎ去っても河川の水量は後から想像を超えるほど増え甚大な被害が出たのだが
東日本震災の原発事故のように「想定外」では済まされないこともある。
あの震災で得た教訓が、喉元過ぎれば…の喩えのように記憶が薄れているような感覚がある昨今、
熊本地震に続き今回の台風などの自然災害において忘れてはならないことを今一度自覚しなければと思う。
被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。



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石北本線 生田原~常紋信号場     2015年撮影


オホーツク管内も台風にやられ、石北本線は上川~中越信号場の路盤流出とのこと。
特急オホーツクも、この季節に運行される石北貨物のタマネギ列車もしばらく運休となり、
楽しみにされていた方はガッカリされているのではないだろうか。
来年のダイヤ改正では一日4往復の特急の内2本が旭川~網走の運行となる案が出ている石北本線。
台風被害でしばらく運休となっても、ほら大した影響なかったでしょ・・と言いかねない今のJR北。
いくら道路があっても札幌圏とオホーツク圏を結ぶ重要路線に変わりはなく、鉄道でなければ成せない使命だってある筈なのにと思うのだが…。
とにもかくにも一日も早く復旧されることを願うのみである。




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  1. 2016/09/01(木) 01:40:17|
  2. 石北本線
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プロフィール

u403tsugaru

Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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