笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

雨の金華

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石北本線 金華信号場


昨年3月に廃止された金華駅。
その後、信号場に格下げされてから初めての訪問となった。
駅舎は保線係が使うとのことで側線も一緒に残っていた。
ただ、駅は廃止されているので窓は塞がれ、待合室にも入ることは出来なかった。
とはいえ、金華駅は北海道らしい山の中にポツンとある好きな鉄道風景のひとつであったから駅舎だけでも残ってくれたことは嬉しく思った。

金華はどういう訳か雨の日に訪れることが多い。
山に雲が垂れ込め、静けさがより感じられてなんとも言えない風情が感じられたからだろう。
駅前に数軒残る家にまるで人の気配を感じない訳でもなく、その風景に駅は似合っていた。

駅廃止後も列車はここまでやって来る。
停留所扱いの西留辺蘂は、留辺蘂~金華の閉塞区間にあるため運転取扱上折り返すことが出来ないことが理由らしい。
わざわざ金華まで来て折り返すならば客扱いをしてくれてもいいじゃないかと素人の僕は思うのだが、
利用客のほとんどいない駅のために冬の除雪や最低限の保全にかかる経費を削減したいのだろう。
駅としての役割は終えたかもしれないが、運転上必要な施設として僅かながら生きながらえたことにどこかホッとした気持ちになった。
列車が止まって息をしている光景はやはりいいものだからである。



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かつての待合室の屋根で雨宿りしながボーっとする。
今は駅舎の土台だけとなったホーム跡を歩く。
駅を囲む山の風景を眺めながら、蒸気現役時代の活気に溢れていたであろう時代に想いを馳せる。
多くの犠牲者の下に今がある哀しき歴史も忘れてはならない。

久々に金華で過ごしている内に快速きたみがやって来た。
雨音で山から降りてくる足音は消され、濡れた線路をライトで照らし静かに通過していく…。
そんな鉄道ならではの雨の風情を楽しませてくれる金華は、駅が廃止となっても健在である。




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  1. 2017/07/29(土) 16:09:19|
  2. 石北本線
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夏の夜に

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石北本線 緋牛内


おい!車、出れんくなるぞ!
玄関のチャイムが鳴り隣の農家さんの声で夜勤明けで寝ていた体を起こされた。
一体何事かと見れば家の横は泥水の濁流となっている。
既に地面も抉られているのであろう濁流に、車の片輪は飲まれて少し傾いていた。
急いで車をD型(農業倉庫)に入れ、改めて辺りを見ると家の前の道路も川になっている。
家の横を流れる濁流は、裏の沢が丘の上から流れてきた農作物と雑草によって狭い箇所がせき止められてこちらに溢れ出したものだった。
合羽など来ている余裕もなく、沢に入るのは危険だったがお隣とズブ濡れになりながら懸命に溢れ出る流れを止めた。
記録的短時間大雨情報などという最近よく耳にするものは出るほどのものではなかったが、それでも相当の降りだった。

オホーツク地方は雨に弱く、少し強く降っただけでも畑の土が流される。
元々雨の少ない土地故に仕方がないことだ。
しかし例年以上の台風に見舞われた昨年は別として、いつもなら勢力が衰えたといっても来る台風にここまでなったことはない。
雨が上がった翌日、家の横は深い溝ができ、前の道路は田んぼのようになり厚く土砂が堆積していた。
近所では畑や道の法面が崩れ倒木もあり、通行止めになった箇所もあって避難した家もあったそうだ。

「去年の台風より被害がデカいわ。畑、見に行く気にもなれんわ」

麦の収穫まであと少し。
昨日まで立派に立っていた麦はあちこちで無残に倒れ、畑は水田のようになっていた。


明け、休み、夜勤前と流れた土砂をネコに積み一人で何往復も運んで溝を埋めて整地をし
道路清掃車など来ない僻地故、重たい土砂をスコップですくっては投げを繰り返す日々だった。
ショベルカーなど使えば半日も掛からぬ復旧作業も人一人の力で行うとなると無力に近い。
そしてようやくブログも更新できるに至った訳だが、先日の北九州北部など大雨による大災害を見るにつけ、
あれほどの人と重機を投入してもいつ終わるやとも知れぬ復旧作業と暮らす方々の苦労が偲ばれる。


そんなことで久しぶりに撮影…といっても仕事帰りに少し寄っただけのもの。
まるで信州の高原地帯であるかのような涼しい夜、腕時計を見ると最終列車に間に合いそうだと緋牛内の駅を訪れた。
本州ならば今頃は様々な夏の夜虫が鳴いているはずだが、北の外れの土地ではその数の少なさに寂しく思う。
待合室の扉を開けると、足元にカブトムシの小さめのメスかと思いきやミヤマクワガタのメスが裏返っていた。
ほれほれと指を添えるとむんずとしがみつき、近場の枝に指を持って行くと体をUターンさせ手の甲へと下がってくる。
モソモソと痛いようなくすぐったいような感覚に、それでもやはり夏の夜なのだと実感させられた。

遠く列車の音が聞こえては消えを繰り返す。
向こうの踏切が鳴る、駅の列車接近の警報が鳴る…。
煌々と闇を裂くヘッドライトが見え、ピーッと夜汽車の声が静かな集落に響く。
砂利敷きと夏草に覆われたローカルなプラットホームを駆け抜け再び闇へと去っていく後ろ姿に、
夜汽車ならではの独特な旅情を感じざるを得なかった。

この先の停車は美幌、女満別、そして旅路の果ての終着駅網走である。





遅れ馳せながら、大雨によって被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。


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  1. 2017/07/26(水) 17:57:36|
  2. 石北本線
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幾重の山を越えて

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端野町北登地区


空調が完備されて窓も開かない車輛…
その土地が香る風を肌で感じれない列車はつまらない。
惜しまれつつ廃止されたブルートレインなど独特の雰囲気を持った夜行列車はともかく
国鉄型であれ最新の車輛であれ、そういう列車での旅は僕の場合単なる移動でしかない。
時代の流れとはいえ、長距離鈍行や普通急行もなくなってしまった今、鉄道での旅は滅多にしなくなってしまった。

代わり…というものではないが、バイクでの旅が僕の主流になってかなり経つ。
車好きの方には申し訳ないが四輪ではだめだ。
ある程度身の安全も確保され、荷物も大量に運べて、便利で運転自体は好きであるけれども
あの箱に囲まれ、雨に濡れることもなく暑くも寒くもなく、風の匂いを肌で感じることは出来ず、同じ箱でも列車の車輌とも意味がまるで違う。
バイクには体剥き出しの、一歩間違えばコケて痛い思いをし下手をすれば死んでしまう緊張感の上に存在する風がある。
僕にはそれが心地いい。

若い頃は2スト250ccからナナハン、リッターなどのオンロードにも乗り、オフロードの世界を知ってからもしばらく並行して続いていた。
夜は横浜や川崎の埠頭や工場地帯を、湘南や三浦海岸、時には首都高をぶっ飛ばしに繰り出した。
褒められたものではないが、傍から見れば峠族と同じように山道を攻めステップなど擦るのは普通だった。
しかし、オンでどんなにぶっ飛ばしてもすぐに車に追い付いてしまう。
せっかく遠くに行っても砂利道すら入れない。
この先の景色はどうなっているのだろうと思っても選択肢に入らないことから次第にオフ一本になっていった。

メキシコ・バハカリフォルニア半島で行われるデザートレース。
4年に一度、その半島を縦断するBAJA1000という昼夜ぶっ通しで1000マイル走るレースがある。
実家の隣りもバイクキチガイで、脂に乗りきっている頃バハに行こうぜと誘われた。
ライダー3人で乗り継ぎ、サポート隊を含めれば6~7人のチームになる。
休暇は半月ほどということでそんなに取れないと断念したが、チームは見事に完走し
その後、パリダカにもお誘いを受けたが資金的にも体力・技術的にも衰えたので断った。
しかし声をかけてくれた時が花、行きたいと思った時、やろうと思った時がその時だと、今にして思えば無理しても行くべきだったと思う。

ただ僕の場合、レースという人と競い合うより一人で旅に出ることの方が性に合っているようだ。
高速道路は基本的に乗らない。
ナビなんてもっての外だ。
道は間違えてこそ意味があり、旅の面白さがある。
地元ならではの美味いものなどいらない。その辺のいつのだか分からないアンパンで十分だ。
そんなものより風を感じたい、匂いを感じたい。
夏は汗でベタベタになり埃にまみれ、冬は寒い。
猪に襲われ、蛇を踏み、熊に鉢合い、川を渡り、岩肌を滴る水を飲む。
森や様々な土地の風の色、匂いを身体で感じ里の人の情けをありがたく受ける。
幾重の山を越えて冒険の先で訪れるあのホッとした感覚はバイクならではの旅の醍醐味だ。

列車での旅も出来るだけ鉄道から離れたい。
鉄道がない土地に一歩踏み込むことで全く違う風があり匂いがある。
鉄道撮影も好きだから止められないけれども、僕の場合、これだけだと限界が来てしまう。
現在は長期の休暇は取れないが、出来る範囲でこれからもバイクで旅をして行きたいものだ。
そしていつか、あの時行かなかったバハへの旅に出たい…そんな夢を持っている。




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  1. 2017/07/15(土) 00:48:32|
  2. 非鉄・番外編
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迎え火

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実家にて    2015年7月撮影


(今回は非鉄、全く鉄道に関係ないことなので興味ない方はスルーされて下さい)

先週末の予報では今週は例年並みの気温に下がるとなっていたオホーツク地方。
それが見事に外れ、連日30℃前後の気温が続く。
道内の人には相当堪えているようだが僕にはありがたい。
確かに暑くて汗は噴き出るが、関東など内地に比べたらやっぱり北国の夏の暑さでなのである。
日差しが強くて暑いだけでアスファルトの照り返しも少なく、あの息をするのもしにくいような、人工的に温められたような空気の暑さがあるわけじゃない。
そんな空気が風に吹かれれば熱風という表現が相応しい。
それに熱帯夜がない。夜となれば20℃前後に下がり、郊外に住む自宅の周辺は肌寒くすらあり
エアコンのない我が家で日中であっても扇風機すら出していない状態で我慢できるほどだ。
毎日毎晩厳しい暑さに見舞われている方々からすれば羨ましがられることだと思う。

その暑い夏…といえば、スイカに風鈴、蚊取り線香、花火に水遊び、そしてお盆である。
花火大会だとか大きな夏祭りなどの人が多く集まる行事は好まず行きもしないのだが、自宅で行うお盆の行事は子供の頃から好きだった。
一般的にお盆といえば8月だが僕の実家の方は7月で、日付の変わった今日が盆の入りだ。
旧暦の頃の盆は7月だったものが、明治以降の新暦になって旧暦の日付がそのまま新暦に移ったらしい。

かなり以前に仏壇の過去帳を見ると元号が文化と書かれている箇所があった。
家系図はないので果たしてその先があるのか不明だが、少なくとも江戸時代後半の頃から代が伝わっているのだろう。
菩提寺へ墓参りに行き、線香を焚き花を添える。
並びにある古い墓にも線香を添えて供養した。
幼い頃、一体いつのものかと思われるこの古びた墓がなぜ家の墓にあるのか不思議だった。
恐らく親に聞いていたのだろうが全く覚えがなく、あれはそういったご先祖の墓だったのかとその時ようやく理解した。

いつもはキュウリとナスだった精霊馬が、この年はどういう風の吹き回しか藁細工のものだった。
おがらを燃し、ミソハギの束を閼伽水を浸け、水の子にかけて先祖を迎え入れる。
さすがに仏壇のろうそくの火を一晩中絶やさぬというのは火災の恐れからやらないが
起きてる最中は火を絶やさず、いつもより豪華な供え物と明るく灯る仏壇に、なにか家の中が賑やかになったような錯覚をする。
人間都合のいいもので、普段は霊的なものは信じないくせにこういう時は霊の存在を感じるものだ。
怖いという存在ではなく、よう帰りなさったなぁと慈しむような不思議な気持ちになる。

子供の頃は近所でも盛んに見られた迎え火・送り火。
地元では再開発が進んで超高層マンションが建ち並び、実家周辺も随分と様変わりして今ではすっかり見なくなった。
新しく住居を構え地方から来られた方も多く、古くからいる近所も世代が変わり
アパートやマンションでは環境もないだろうし、忙しい都会では段々と面倒にもなって来ているのかもしれない。
けれども、先祖を敬う日本の良き伝統、良き風習…
時代がどう変わろうと、僕はこういうものは大事にしたいし今後も残していきたい…と迎える火を見つめてそう思った。




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  1. 2017/07/13(木) 01:37:43|
  2. 非鉄・番外編
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駅弁

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石北本線 端野~緋牛内


もう何年前だろうか、北見にも駅弁が売っていた。
その中のひとつに「ほたて丼」というものがあり、確か特急と快速利用客を狙った午前中だけの販売だったように思う。
産地のサロマ湖産なのだろうか、ホタテフライが入りそこに特製のソースが掛かった本当に美味い駅弁だった。
その存在を知ったのは札幌に出張の際に同僚が買ったのがそれで

「こいつぁうまい!」
と連呼しながら特急オホーツクの車内で食べていたことを覚えている。

その後何度か札幌出張の際のみならず、列車を利用しなくても駅弁を買いに駅へ行ったこともあるほどであったが
たまたま夜勤明けのある日に行くと今日で最後だという。
連絡をしてくれればお作りしますよと丁寧に電話番号も頂いたのだが一人のために作って頂けることはなかっただろう。


石北本線の下り始発は北見6時46分発の網走行4651Dだ。
緋牛内に来る頃は7時を回る。
3時前にはそろそろ空は薄明るくなるこの季節、始発が来る頃にはすっかり日は高くなる。

防除畝の轍がまるで線路のように緑のキャンバスに描かれた麦畑。
穂も色付きはじめ、あと一月すれば収穫も始まるだろう。
列車の窓を開け放てば、きっと爽やかな北海道の風と共に緑と土のいい匂いが車内に流れ込むに違いない。
そんな風を体いっぱいに受け、あの「ほたて丼」を頬張りながら列車に揺られたいものである。




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  1. 2017/07/11(火) 14:52:40|
  2. 石北本線
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刻む

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石北本線 端野~緋牛内


朝、鶏と池に流れる湧水の音で目覚める。
外に出ると山の冷気の隙間をついて、強くなりつつある日差しに今日も暑くなることを思わせた。
紫やピンクのアサガオを横目に村の神社へラジオ体操。
大好きな田舎の朝ご飯、麦わら帽を被って網を持ち、さあ出撃だ。

ハグロトンボが舞うバイカモ揺れる小川のせせらぎ…
ミンミンゼミやアブラゼミの蝉時雨…
サワガニを追いかけた沢の冷たさ…
田んぼや脇の水路の生き物たち…
寝るのを忘れて蜜に群がるカブトやクワガタ、沸き立つ入道雲…。

汗まみれになって遊ぶ視線の向こうにシゴロクの煙が揺らぎ、長電が走る。
ヒグラシが鳴く頃、どこからともなく夕飯の支度の音が聞こえてくる。
それらは少年時代に過ごしたクソがつくほど暑かった夏の匂いだ。


連日真夏日となった北見地方。
出来ることならこの暑さが8月一杯は続いて欲しいのだが、どうやらこの日曜日で一旦終わってしまうようだ。

西に傾く日差しに麦の穂が金色に染まる。
今日一日も終わりと言う景色に列車がカタコト応えて去っていく。
暑かったからこそ見れる少しホッとするような景色。
短い北国の夏とはいえ夏らしい匂いを僕の身体に刻むには、せめて今日くらい暑い方がいい。




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  1. 2017/07/09(日) 02:54:27|
  2. 石北本線
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焼けた景色に

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石北本線 緋牛内~端野    (ドラマチックトーンにて現像)


ようやく夏らしい暑い日となった6月最終日。
それまでは月も後半だというのに夜はストーブを焚くなど天気は長続きせず、一昨日辺りから暑い日差しが照りつけるようになった。
連日猛暑日、酷暑日、熱帯夜も困りものだが、夏は夏らしく暑くなければならない。
暑さがあってこその秋であり、夏が終わろうとする頃の、あの独特な寂しいような気持ちになるのも暑さがあってこそだ。
それがいくら北海道とはいえ同じことで、僕が北海道に来た頃はもう少し夏らしい日が多かった。
それがここ数年はどうにも様子がおかしいような気がしている。

関東にいた頃は毎年のように夏バテし、4キロほど体重が落ちていたくらい暑さは苦手にしている。
それでもいつの頃からだろうか、その暑さが妙によくなって今では夏なんだから最低でも25℃は欲しいと思うようになった。
たぶん夏の秩父へ行き、あの茹だるような暑さの中に幼き頃に嗅いだ懐かしい匂いを感じてからだろう。
また知人が栃木の足利にいたこともあり、秩父の帰りにそこへ寄ることをしていたのもあると思う。
足利は最高気温でよく報道される群馬の館林にほど近く、とにかく暑い。
でも東京のような暑さではなく、山や川から吹く風が心地いい歴史情緒にあふれた落ち着いた街並みと
夕日の似合う、今でも大好きな街でもある。
そんなことが自分のどこかでリンクして、夏らしい暑さが欲しいと思えるようになったんじゃないだろうか。

今日は焼けるかな…ふと森高千里さんの渡良瀬橋の歌が頭の中を流れた。
渡良瀬川ほど大きくはないけれど、今日は少しガスって広い空ではないけれど、景色は赤く染まるだろうか。
護岸された川は風景的に好きではないのだが、僕が思った以上に空は、川面は焼けてくれた。
列車が駆け抜け、沈みゆく夕日…
その光景に、足利の街並みと渡良瀬橋から見る真っ赤に染まった美しい渡良瀬川を懐かしく思い出していた。




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  1. 2017/07/01(土) 03:53:16|
  2. 石北本線
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プロフィール

u403tsugaru

Author:u403tsugaru
下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
見て下さった方の一人でも郷愁感や旅への思いをお持ち下されば嬉しく思います。

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