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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

蒸気の幻を追いかけて、まだ知らぬ景色へ、まだ知らぬ土地へ

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2014年10月 吉都線車内


列車での旅となった大畑行き。
東京からサンライズ出雲・瀬戸のノビノビ座席で居合わせた岡山の初老の方と酒を呑み、
久しぶりに夜行列車の車窓を楽しんだ。

岡山から普通列車を乗り継いで、相変わらず美しい瀬戸内の景色を眺めながら
かつてC59やC62が音戸や安芸を牽いていたなど嘘のようだと呉線経由で小倉で一泊、日豊本線を南下した。
途中キューロクやC50で賑わった行橋を過ぎ、D51が奮闘した宗太郎を越えて行く。
遥々みちのくから廃車を逃れたC61も歩みを刻んだ高鍋、佐土原、そしてライトパシフィックの里である宮崎。
蒸気最晩年に奇跡的に復活したC57牽引定期急行日南3号の足跡残る日向沓掛、田野、青井岳…。
面影が全く残らぬ行橋や大分、宮崎など当時を知る人にとっては複雑な心境だろうが、
それでも南の名場面を見せた錚々たる機関車の残り香漂う日豊本線を辿れた喜びは感無量の思いだった。

遅い昼食をと入った都城の駅舎脇にあったうどん屋で、たった一人の客でいた飲んべえ親父が
何故かプロ野球の話を持ちかけてきた。
どうやら馴染みの客らしい。
九州だからホークスファンかと思えばタイガースだという。
兄ちゃんはどこじゃと、僕は大洋時代からベイスターズだと答えて当時の選手の話で盛り上がった。
ご満悦で帰っていったオヤジさんを見送って、悪かったねぇと店のおばちゃんに
旅は情け人は心、たまにはいいもんですよと笑えば、ありがとねと礼を言われた。


都城から吉都線に乗り換える。
C55やC57が駆けた、僕の中で好きな路線群の南端に位置する列車に乗り込む時のときめきは、
初めて一人旅をした頃の興奮によく似ていた。
少ない乗客のほとんどは小林で降り、えびの飯野からは自分一人となる。

南国特有の開放的な青空の下、西日を受けた視線の先に霧島の山々が浮かんでいた。
優雅な姿で駆け抜けたであろう機関車たちの幻を追うかのように
まだ見ぬ景色に夢を持ち、まだ知らぬ土地へと冒険に出るようなワクワクとした気持ちを抱く僕を乗せ、
列車は眩い光の中を走り続けた…。




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  1. 2017/11/29(水) 03:07:00|
  2. 雑記
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遠き山に日は落ちて



肥薩線 大畑~矢岳    2014年10月撮影


小学生の頃、放課後になると決まって流れていた「遠き山に日は落ちて」。
言わずと知れたドヴォルザークの交響曲だが、どこかもの哀しげな旋律に妙に切なくなったものだ。
まだ教室や校庭で遊んでいたい、でも家にも帰りたい…
複雑に揺らぐ胸の中、もう帰りなさいと促す夕日が校舎を染め長い影ができた家路に着く。

旅に出ていると、ふとした拍子に故郷を思わされ、そんな記憶が甦ることがある。

日本三大車窓のひとつ、肥薩線矢岳越え。
矢岳駅を前後に真幸と大畑にスイッチバックがあり、特に大畑はループ線も備わる全国で唯ひとつの駅である。

以前友人とバイクで矢岳の林道を走りに行ったことがある。
人吉盆地を背に山の中を走ると、視界に韓国岳(からくにだけ)を最高峰とした霧島連山の眺めが飛び込んできた。
その雄大な景色に、一度列車に揺られて見てみたい…とそんな思いから久しぶりに訪れた。
吉松から人吉まで乗車して折り返し、どうせここまで来たんだからと大畑で途中下車をした。

車窓は周りの木々が成長し、かつてのような車窓とはかけ離れ、辛うじて眺めがチラリと見えるだけのものであったが、
何度も現役蒸気時代の写真を見てきた地へ降り立ったことにある種の感動を覚えたのも事実だ。
十分に調べて来なかったこともあり、やっとのことでお立ち台を見つけたのは日も暮れかかった時刻だった。
南九州とはいえ10月の夕暮れ時は寒い。
襟を立て首をすくめるように見た町は、薄い雲の狭間から零れた弱々しい光に淡い色となって染まっていた。

突然足元からディーゼル音が飛び出してゆっくりと駅に向かう。
少しして向きを変え、渡り線をゴトゴト渡ると再び向きを変えていく。
車内ではその都度運転士が前に後ろに移動して忙しいことだろう。
列車は日暮れたループ線へとよじ登る。
木立の向こうで喘ぐ音…、郷愁の笛が南国の山々に響き、同時に轍を叩く音も消えていった…。


遠き山に日は落ちて、町は灯りがポツポツ点り出し、その点った元に向かう人がいる。
揺れる車窓の灯りにも家路へ向かう人がいて、山に点々と瞬く灯りの下にも人が帰るべき故郷(いえ)がある。

暮れ往く大畑の風景に、あの頃の、どこか寂しく胸を締め付けるような切なさを思い出し
遠く離れた故郷の尊さをまた教えてもらえた旅だった。




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  1. 2017/11/25(土) 23:00:03|
  2. 肥薩線
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忍び寄る冬

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石北本線 美幌~緋牛内


一昨日辺りから北日本の日本海側を中心に雪となり、北見地方も銀世界となった。
オホーツク海側は大雪の山々が遮蔽となり雪は比較的少ない。
それでももうこの時期の雪は不思議ではないが、今朝の冷え込みはさすがに堪えた。
-16℃…。
真冬ならともかく、まだ11月半ばでこの気温というのは僕が北海道に来てからちょっと記憶にない。

同じ気温でも雪の有る無しによって感じる寒さも随分と違う。
なぜか雪のある方が寒さを感じないのは、恐らく雪があれば寒いのは当たり前という思いからくるものなのかな…なんて思っている。
とはいえ、いきなり-16℃は体も慣れてなく寒さがとことん嫌いな僕には
ひたすら歯を食い縛って寒いと言葉にすることも出来なかった。

森に行けば葉が落ちて寒々としていた風景が一変していた。
キーンと透き通った空気が細かく震えて列車の接近を報せると、
すっかり寒さに縮んだ線路の上をステンレスの車体も冷たげに姿を現した。
凍てついた前面は昨夜の雪の行路を偲ばせる。
突き刺すような風雪に耐えながら、町を繋ぎ人々を運んだのだろう。

好きで列車を待ってるとはいえ、指先は痛く耳は千切れるばかりの冷たさだ。
列車にとっても、この地で暮らす者にとっても、厳しい季節がもうすぐそこまでやって来ている。




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  1. 2017/11/20(月) 23:05:40|
  2. 石北本線
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優しい午後

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真岡鐡道 北山~益子    2015年1月撮影


真岡鐵道は、一帯が木綿の産地だったこと、列車がコットンと走る様子からコットンウェイという愛称を持つ。
運行される少し派手目な気動車は一般公募から採用されたカラーリングだという。
路線の愛称といい、車輌のカラーリングといい、田舎の小さな鉄道は地元に愛されてるなぁ…といった印象が伝わってくる。

沿線は総じて目を見張る景色もある訳じゃなく、普段着のままの生活臭が漂う素朴さがいい。
この間まで放送されていた朝ドラの「ひよっこ」に出てきそうな風景を線路は走る。
四季を通じてそれぞれの良さがある中で、特に僕が好きなのは冬である。
遮る山もない北関東の空は広く、それはどこまでものどかで平和だ。

柔らかな日差しに包まれて小貝川のほとりで寝転がる。
のんびりしたムードに撮影なんか止めちまって、夢うつつのまま列車でも見送るか…そんな気分にさせられる冬の午後。
小さな鉄道の小さな列車が路線の愛称そのままに、かわいげな音を立てて鉄橋に差し掛かる。

冬の真岡はいつ来ても優しい気持ちにさせてくれる…僕はそんな真岡鐵道が大好きである。




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  1. 2017/11/18(土) 06:50:48|
  2. 真岡鐡道
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石北の雄

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石北本線 北見


石北本線の名物列車といえば、夏の終わりから春にかけて走る臨貨、通称タマネギ列車だろう。
日本一の生産量を誇る北見地方のタマネギをはじめとした農産物を貨物列車で一気に運ぶ。
臨時とはいえ、本線筋を地響きを立てながら大地を疾駆する姿は圧巻以外の何物でもない。

列車の組成を終え、夜の帳が降りる構内に長編成の貨物列車がどうだ!とばかりに佇む光景は、
普段短いローカル列車しか発着しない駅を一際華やかなものへと変えていた。
北見国から石狩国に至るまで、二つの険しい峠に備えて後部補機の機関車が唸るようにエンジンをアイドルさせている。
DF200という機関車は正直言って好きな車輛ではないが、それでも機関車ならではの存在感は抜群だ。
重い貨物をグイと押し上げ、低い姿勢で行く手を睨むその様は北の頂点に君臨するヒグマの如し、まさに石北の雄である。

かつては往復3本あった貨物スジも現在は1往復が残るのみ。
片道は空荷で機関車も2輌要することからJRとしては廃止したいらしい。
鉄道が本来持つ大量輸送のシーンがオホーツク管内で見られるのは果たしていつまでなのだろう。
この逞しき機関車と重厚な貨物列車が、今後も末永く運行されることを願って止まないでいる。




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  1. 2017/11/14(火) 19:37:48|
  2. 石北本線
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初冬の境内にて



石北本線 緋牛内~美幌    


雲の切れ目から差し込む陽が、ストーブの温かさにすっかり頼り切っていた部屋を弱々しく照らす。
どうという訳ではないけれど、なぜか自然と神社に足が向いた。

既に何度か雪が降っている北見地方。
降っては融けを繰り返し、やがて本格的な冬がやって来る。
雪が降ると「来ちゃったねぇ」という言葉が挨拶代わりだ。
公園等では雪囲いも済み、農家さんは今年の締めとなるビートの収穫に忙しい。

もうそろそろ年末かぁ…
まだ少し早い気もするが、行った場所のこともあったのだろう。
山も畑も色に乏しく、人も大地も冬備えをしている光景にそんなことを思っていた。

落ち葉を踏みしめる感触が否が応でも秋が終わったことを報せれば、それは同時に冬の訪れを報せる道標のようでもある。
振り向くと前日に降った雪が残る大地を列車が走って行った。
黙々と走る彼らにも冬の厳しい仕業が待っている。

雪景色は嫌いではないし、一面雪に埋もれたら埋もれたで諦めもつくが、とにかく北海道の冬は長い。
それを楽しむこともあるにせよ、
せめてもう少し、土を直に踏める時間を与えて欲しいと願うのは人も列車も同じ思いかもしれない。




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  1. 2017/11/11(土) 00:43:39|
  2. 石北本線
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ご苦労さま

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石北本線 緋牛内~美幌


数年前に帰省した頃、何気に踏切で電車の通過を待っていた。
カンカンカン…と鳴っていた警報音がしばらくすると小さくなったことに気が付いた。
踏切で待つ人や近隣住民に対する配慮なのだろうが、いつからこんな風になったのだろう。

そういえば開かずの踏切…なんてものがあったが、地方にいるとそんなものにはお目にかかれずすっかり忘れた存在になっている。
地方であっても鉄道華やかりし頃の時代では、大きな駅構内を持つ周辺は貨物や客車の入れ替えで
いつまでも待たされる…なんてこともあったのだろう。
都会でも道路や鉄道路線の整備によって高架線や立体交差になり、昔と比べたら随分減ったと思われるが
将来、開かずの踏切なんて知らない時代がやって来るのかもしれない。

一番近くでそんな踏切があったのは、東急東横線の元住吉駅だった。
当時踏切係が常駐していて、列車が接近するとブザーを鳴らし遮断棒の代わりに水平なワイヤーが降りて来る手動の踏切だった。
ここには東横線の車両基地があり、当駅始発や終着電車の出入りがよく見られた。
普通電車が見上げるような車体を軋ませて目前をゆっくり通って副本線に退避したのち
台車の外側に配したディスクブレーキも誇らしげに素晴らしいスピードで急行電車がぶっ飛んでいく…
なんて時に遭遇すれば当たりだ!と言って大喜びしていたものだった。
その様子を翌日学校の教室で

「昨日、急行がすげースピードで走って来たんだぜ」

と複雑なポイントに響かせるジョイント音を机に叩いて再現し、おれの時はもっと速かったと机をさらに叩きながら張り合い合戦をしていたものだ。
踏切は駅すぐ横にあって商店街を通るものだからいつも混雑しており、大人にとっては迷惑千万だったことだろう。
手動式だっただけに、あまりにも電車が続く時は係の人が通過し終わらない内に踏切を開け、過密ダイヤの僅かな隙を縫って人を渡す…
なんて今では考えられない芸当をしていたが、鉄道少年にはまったく余計なことをしてくれたと思うものだった。


頻繁に警報を鳴らす都会で働く踏切とは対照的に、一日数回程度で済んでしまう地方の踏切。
中には遮断棒を持たないもの、警報機すらない仲間も存在し、こんな所に?とポツンと置き忘れたかのようなものもあり
ここの踏切もそんなひとつである。
渡る車も人の流れもない。
山の畑に向かうトラクターや、林業その他の工事関係の車が忘れた頃に通るくらいの、普段は物静かな山に一人淋しくに立っている。

カンカンカン…と警報が鳴る。
都会の華やかさからは無縁だが使命は何ら変わることはない。
誰も見てない待たない山の踏切は暮れ始めた空に向かって凛と立ち、今日も人知れず列車の運行を陰で支えていた。




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  1. 2017/11/08(水) 13:26:22|
  2. 石北本線
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秋を乗せて

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石北本線 美幌~緋牛内


夏と秋の去ろうとする時の寂しさは同じ寂しさでも違うと思う。

夏は「まだ行くなよ」と腕をつかんで引き留めたくなるような寂しさ…
秋は「そうか、もう行くか…」と別れを受け入れた時のような寂しさ…

秋のそれはプラットホームで、改札口で、持ってやった荷物を手渡し、それじゃ…と別れる時の気持ちと同じ匂いがする。


つい数日前まで、もっと葉が付いていたはずなのに、もっときれいに色付いていたはずなのに、
一旦去り始めるとあっという間に行ってしまう秋…。

風に命尽きた葉が乾いた音を立てて飛ばされる。
見た目にも寒々としてきた森の風景は、 辛うじて山に沈む前の陽が枯れ葉色の衣を最後の煌めきへと変えていた。
諸行無常は世の常と誰がが言っていたが、これもそのひとつなんだろうな…と四季の移ろいに思う。


秋が…去っていく。
最後まで残った秋をひとつ、またひとつと乗せた列車が琥珀色の森を駆けていく…。
それじゃ行くよと赤いテールランプを滲ませながら、旅立つ秋の声が響いていた。




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  1. 2017/11/07(火) 02:31:58|
  2. 石北本線
  3. | コメント:2

捧げる

子供の頃、いつも不思議に思っていた。
鉄道沿線に集まる人たちは、なんで写真なんか撮るんだろう…と。
当時はSLブームで、蒸気機関車が走る沿線には多くの人だかりが出来ていた。

一瞬で通り過ぎてしまう写真なんかより乗っていた方がいいのになぁ…
その方が大好きな蒸気機関車を長いこと見てられる…
汽笛を鳴らしてシュッシュと立てる音を聞いていられる…
煙の匂いをいつまでも嗅ぎながら列車に揺られて車窓を眺めていられる…

そんな理由からだった。
今でこそ鉄道写真なんてものを一応撮ってはいるが、時には蒸気機関車の牽く列車に乗りたいと
秩父や真岡で撮影を止めて何度か汽車に乗車した。
その汽車に子供の頃からずっと乗りたいと思っていた汽車があった。

会津の汽車…がそれだ。
小学一年生の時に母方の祖父が贈ってくれた蒸気機関車の写真集によって知り得た会津という土地への想像は新たな汽車の写真を見るにつけ、
只見・会津・日中の各路線を走るC11は日本の汽車そのものという感情を抱かせた。
それは大好きな飯山線と長野電鉄といういつも田舎に行けば乗れた贔屓路線を除けば一番興味のある路線の汽車だった。


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会津への想像は、その後「会津ほまれ」と「花春」の日本酒のCMに映し出される映像に更に掻き立てられることになる。
ほまれでは雪の里を笠と蓑を被って歩く村人と、囲炉裏を囲って酒を呑む映像に大塚文雄の歌う会津磐梯山が耳に残り、
花春では残雪の磐梯山の袂に猪苗代湖、風に揺れる桜の花びらが春の日差しに煌めく小川に散っては流れる…
なんて風景を想像した。
加えて当時放送されていた新日本紀行という番組によって、ここは日本のふるさとなのだと
子供ながらに心に来るものがあったことを覚えている。
我ながら爺臭い変な子供だったと思うが、とりわけ新日本紀行の曲が大好きで、あの拍子木の響きは
雪深い会津になんて似合うのだろうと、以来会津といえばC11、日本酒、新日本紀行と今でもこの三つが頭の中を占領する。


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会津は紅葉の名所でもある。
奥会津に赴けばまさに燃えるような紅葉となり、美しい渓谷と里の風景が車窓を流れる。
高校生の頃だったか毎年キヨスクで買っていたSLカレンダーも楽しみのひとつで、
必ずといっていいほど10月の暦は会津のC11が載っていた。
そのC11が現役の頃の会津には遂に行けず、あと5年早く生まれていれば…、
いや何であの時連れていってくれと親にせがまなかったのか…としばらく悔やんでいたものだった。


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あれから40年、そんな恋い焦がれたような思いの会津の汽車にやっと念願叶って乗れる機会を得た。
2014年11月8日、朝霧が残る会津若松駅。
切符を取ってくれた宮城の友人と再会し、汽車のゆりかごと翌日の撮影を共にする旅の始まりだ。
現役の頃とは全く違うイベント列車だが、C11と旧客3輌という出で立ちに僕の心はあの頃へと還って行った。
長い汽笛一声、若松を発車する。
ゴトンとゆっくり揺れるたび、車窓に白い蒸気が映るたび、頭を流れるほまれと花春、新日本紀行…。
もうこのまま死んでもいいと心底思える会津の汽車の温もりに、

汽車は撮るものじゃなくて乗るものだ…

と不思議がっていた子供の頃の心境になっていた。


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C11の息遣い間近のデッキに立ち、そのままトンネルに入れば途端に熱風のような煙に巻き込まれ、シンダが顔に当たる。
充満する煙に息苦しさを感じながらもそれすら愛おしい。
汽車は燃えるような紅葉の奥会津をゴトンと進む。
何度となく只見川を渡り、里を往き、あぁなんていいんだろうと涙腺が緩みそうになった。
前々日の泊まっていた宿のおばちゃんが売っていた駅弁を会津宮下で買い、その優しい味に舌鼓を打ったこと、
すっかり顔馴染みとなった機関士さんを友人が紹介してくれたこと、会津川口で折り返し最後尾の客車貫通デッキから
煙が、線路が、紅葉が、真後ろに流れていく風景も、孫を連れて汽車に乗ってたお爺さんの笑顔も、僕はどれも忘れない。


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そんな会津の汽車旅を叶えてくれた友人は、めでたいことに今日結婚する。
新たな門出を迎え、この先様々な重い荷物を牽くことになるだろう。
けれどもきっと大丈夫だ。
これからは重連、どんな坂でも越えられるはずだ。
どうか二人に幸あれと心より願う。

そしていつの日か、またこんな汽車旅をしたいものだと思う。

おめでとう!!




  1. 2017/11/03(金) 10:14:46|
  2. 只見線
  3. | コメント:6

カーテンコール

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石北本線 端野~緋牛内    2015年10月撮影


日没間際、丘に届いていた日差しが隠れると冷気が音もなく降りて来る。
まるで山を越え裾野へ向かって流れる雲のように、
冷たい気流は足元に触れては渦を巻きたちまち全身を飲み込んでしまう。

感覚を失いかける指先に息を吹きかけ、無意味に体を震わせても
一度纏わりついた冷気は振り払えずに首に巻き付き肩口へと侵入する。

あー寒い…

強ばった体から搾られた声が口をついた。
陰に浮かんだ鉄の路も間もなく銀に染まる季節を報せるように鈍く輝き
一人旅往く列車も襟を立て、身を竦めているように思えた。

一年の最後に山を飾った落葉松の紅葉も散りはじめ、森も畑もあれほどあった豊かな色彩が薄れていく。

丘の合間を縫って僅かに届く斜光線…。
一日の終わりを惜しんで紅く燃える秋の黄昏時に堪えらない気持ちが込み上げるのは、
春から続いた華やかな舞台が終わろうとする季節のカーテンコールだからなのかもしれない。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2017/11/01(水) 10:46:23|
  2. 石北本線
  3. | コメント:2

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当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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