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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

師走の空に

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京成電鉄金町線 柴又駅    2014年12月撮影


今年もいよいよ大詰めとなった。
年の暮れといえば、僕にとってやはりこれは外せない。

「男はつらいよ」…。
寅さんと親しまれ、かつてはお盆と年末に二作品が公開されていたが晩年は年末一本になり、
お正月映画として48作まで続いたことは承知の通りだろう。
お決まりのストーリーで喜劇を好まない人も多かろうが、僕にはこの映画に与えられた影響はかなり大きく
今でも啖呵売の口上はソラでも言えるほどだ。

女に惚れっぽく毎度のようにフラれたり、身勝手で自分が気に入らなければすぐに喧嘩が始まりプイと家を飛び出してしまう…。
もしこんな人が身内にいたら迷惑この上ない。
けれども時折見せる優しさだったり、自身が愚かな男だと恥じているからこその言葉は時として重く、
人情に厚いところもホロッとさせられる。
そして節々に出てくる日本の美しく懐かしい風景…。
そこにチラッと映る列車がまた堪らず、四季や暮らしの中を往く鉄道風景が少なからず今の自分の描く下手な絵や
写真の原点にもなり、今でもあんな風に旅がしたいなぁとしみじみ思わされている。
もし架空の自分が映画の世界にいたとして、寒い師走の北風に吹かれる寅さんは
「そこが渡世人のつれぇところよ」
と、どこを売の旅に出ているんだろう…なんて想像することもしばしばだ。

そんな寅さんの愛してやまないふるさと葛飾柴又。
妹さくらやとらやの皆を想いつつ寅さんが旅発つ柴又駅は帝釈天の参道口にある下町の駅だ。
高砂駅から複線で来た京成電車は、ここ柴又から単線となり終点の金町駅へと向かう。
跨線橋はなく下り電車利用時は構内踏切を渡る小さな駅であるが、参道口だけあってゆったりした独特な雰囲気の改札口を持ち
その空気感がスクリーンの中でも描かれてるところは鉄道好きの山田洋次監督ならではと思う。


平成29年も今日で終わり。
毎度のことながら一年があっという間に過ぎていく。
このブログも駄作続きの写真とダラダラと綴った文は恥ずかしい限りで、寅さん風に締めればこうだろうか…。

『今年も思い起こせば恥ずかしきことの数々。
今はただ、深く後悔と反省の日々を過ごしております。
末筆ながら皆さま方のご健勝とご多幸を、遠い旅の空より祈っております。』

お越し下さっただけでなく、拍手並びにコメントまで頂けたことに感謝申し上げ、今年最後の更新とさせて頂きます。
それでは、どうぞ良いお年をお迎え下さい。




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  1. 2017/12/31(日) 00:01:00|
  2. ご挨拶
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駅の風情

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山口線 篠目駅    2016年11月撮影


山あいの小さな駅に降り立つ。
なにも用はなく、ただなんとなく気分がそうさせた。
雨に煙る山、刈り取られた田畑や手入れされた民家の庭先…。
それらの風景を見ながら当てもなく小さな集落を歩いていると、そのひとつひとつからここにしかない里の匂いが身体を纏う。
知らない土地に旅に出ていると、たったそれだけのことでじんわりと心に込み上げてくるものかある。

次の列車まで数時間。
駅の待合室で外をぼんやり眺めていると上り列車がやって来た。
改札口を出て来たのは学生たちで、全く見覚えのない余所者に「こんにちは」と笑顔で挨拶してくれる。
こんにちは、おかえり、と出迎えるように応えると純粋な学生たちからは更にそれ以上の笑顔を返してくれた。
さっき歩いてきた道程にあった家の子たちもいるんだろう。
友だちと別れ、濡れた家路を辿り、ただいまと玄関を入った我が家の温もりを
普段の生活からは特別意識することはないかもしれないが、それでも彼らのどこかしらに感じるものがあるに違いない。


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駅はおらが古里の玄関口。
発つ者もいれば帰ってくる者もいて、どれほどの人を駅は見てきたのだろうか。
静かな里に響く彼らの声が聞こえなくなった頃、無人の駅は灯火を放ち始め、より静けさが際立つようになっていた。
雨は止み、しばらくして峠を越えた列車がコトンコトンとやって来る。

さて、あれに乗るか…。

優しい駅の風情は我が家の温もりに似て、 屋根からポタリと落ちる雫の音でさえ愛おしい。
僕は旅立つことを拒みたくなる気持ちをやっと振りほどき、ベンチから腰を上げた。




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  1. 2017/12/29(金) 02:13:41|
  2. 駅・設備
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港・横浜に線路があった頃

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国鉄高島線 高島駅    1984年撮影


横浜といえばみなとみらい、大桟橋や山下公園など夜景もきれいなオシャレな港町というのがイメージだろう。
でも、30年ほど前は古き良き時代の横浜を行き交う鉄道風景がまだ残っていた。


横浜駅東口のSOGO裏、運河を挟んだみなとみらい地区の一角にある三井ビルや富士ゼロックス、旧マリノスタウン辺りに高島という貨物駅があった。
駅本屋は第一京浜沿いにあり、その並びに横浜機関区がある大きなヤードで、運河ひとつ隔てた高島埠頭と、
赤レンガ倉庫のある新港埠頭やその先の山下埠頭までの臨港線が延びていた。
本線は電化でEF60と65、貨物入換と臨港線及び本線小運転はDE10が受け持ち、何度かDD13も見る機会に恵まれた。

上り方には貨物入れ(かもいれ)と呼ばれるパレット積込の専用ホームがあり、その外れに貨車検修庫や車掌区があった。
面白いのは検修庫裏に一段低い線路があって、そこは満潮になると線路が面一で海水に水没するという留置線があったことだ。
もっとも錆だらけのレールとバラストのない道床からとっくに使用された形跡はなかったが、
貨物列車の車掌廃止となると余剰となったヨやワフが解体を待ちながら運河に浸かっていたという光景が見られた。
下り方には12番線からレールセンターに向かう引き込み線が延びていて、時々ロングレールを乗せたチキの編成が専用機によって引き渡し線に押し込まれていた。

臨港線を知る頃には桜木町駅横にあった東横浜駅と新港埠頭の横浜港(よこはまみなと)駅の信号機は生きていたものの
貨物扱いは既になく、山下埠頭駅と高島埠頭の表高島駅で細々と貨物扱いが残っていた。
山下埠頭へは毎日午前中に一往復の貨物列車があり、今でいう汽車道をワム80000とトキ25000、ホキ2200などの編成でマリンタワー下の高架線を走っていた。
臨港線は、戦前からサンフランシスコ航路への接続列車としてポートトレインが東京~横浜港間で運行され、
戦後は現在山下公園前に保存されている氷川丸がシアトルまで就航していた際の接続列車として昭和35年まで運行されていたらしい。
当時の写真を見てみると機関車は鐘つきの8620で、大正ロマンを掻き立てるデザインセンスの名機関車は異国情緒に溢れる港・横浜にとても似合っていた。
山下埠頭への路線は昭和40年開通のため旅客列車が走った記録はといえば、横浜開港120周年の時にC581による旧客4輌の臨時列車が走っただけではないだろうか。
いずれにせよ、臨港線から眺める横浜港というものを見てみたかったものだ。

一方表高島は主に日曜日に入換があり、それもほとんど不定期だった。
列車は高島駅からワム80000とたまにワラ1を数輌繋ぎ、連結係が貨車にぶら下がって操車係へ手信号で中継する。
それを見て操車係が手旗で機関士に誘導を送り、推進で埠頭に向かう運転だった。
踏切は交通保安係(踏切手)が警報機に鍵を差し次々と鳴らして行くといったもので、やって来る列車と競争するように自転車で駆けずり回っていた。

埠頭の入口には大島行きの船乗り場があって、そこから先は一般人の立ち入りは禁止されていたが今ほどうるさくなく、
釣り人やデートに訪れたカップルたちの前で入換が始まる。
日曜日の倉庫街である埠頭とはいえ道路を遮断する遮断棒もロープもなく、交通保安係が旗で車を止めての作業だ。
ちなみに列車が通過してきた踏切は入換が終わり戻って行くまでそのまま鳴らしっぱなしだ。
道路上で突放された貨車に連結係が飛び乗り、ブレーキを足でかけては貨物ホームにピタリと止め、または貨車に連結させ、
テキパキと流れるような入換作業は見事なもので、目の前で繰り広げられる光景を珍しげに見ていた姿が印象に残る。
入換を終えた機関車は時に単機で、時に貨車を繋いで高島に戻る…そんな光景を飽きずに眺めていたが写真というものを一枚も撮っていない。
ピンぼけだろうが何だろうが撮っておけばよかったと今にして物凄く後悔している。

他に上り方では東高島、入江、新興への小運転があり、高島のDE10は横浜の運河を駆け巡る忙しさだった。
今では全く面影はなく、みなとみらいが出来る前にはそんな光景が横浜にあったというのが信じられないくらいだ。
現在の横浜もお気に入りの地だが、僕にとってドブ臭い運河と埠頭に倉庫が建ち並ぶ少し不良っぽいイメージの横浜も好きだった。
当時は労働組合の使いっ走りでこれらの埠頭に出入りする機会がよくあり、運よく見られたことは大変貴重なことだったと思う。




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  1. 2017/12/21(木) 22:38:28|
  2. 高島線
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蒼白き河

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石北本線 緋牛内~美幌


もうすぐ冬至。
年末に向け、なにかと忙しくしていると
もう一日が終わるのか…というほど日が短い。
朝、ようやく太陽が昇ったかと思うと申し訳なさげに日は低く
雪に閉ざされていく山の景色はどこまでも静かだ。

日没前後の光が真っ白な雪に蛍光色のように色付けば、次第に深い群青色の空が主役となる。
鋭利な冷たさが足元に突き刺さり、
成層圏を思わせる神秘的な空にうっとりする暇もない。
冬至が過ぎると寒さも本番というが十分寒い。

暮れる山峡に微かに届いた列車の気配…。
冴ゆる峠は蒼白き河となり、列車も足を冷たげにフランジを鳴らして駆け下りていった。




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  1. 2017/12/16(土) 17:21:54|
  2. 石北本線
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宵迫る峠

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石北本線 緋牛内~美幌


師走に入り、いよいよ本格的な冬の様相を帯びてきた北見地方。
この日の朝、ついに-20℃を下回った。
こうなるともう諦めがつき、寒冷地ならではの風景を楽しむしかない。
雪は結晶のまま積もり、視線を移すたびにキラキラと輝く。
ダイヤモンドダストや霧氷なども極寒の土地ならではの美しさだ。

そんな朝の風景をと家を出てみたものの場所の選択を誤り、ならばとかねてから思っていた丘に登ることにした。
実は雪が融けた頃にバイクで向かったことかあるのだが、既に自然に還りつつある道はとても走れる状態ではなかった。
かといって歩くといってもダニだらけの藪を漕いで行く度胸もなく、雪が降ってからかな…とその時を待っていた。

飲料オーライ、冬装備をして森に突入する。
雪に埋もれた雑草に足をとられ、まだ凍結していない沢を跨ぐようにあった倒木の上を恐々渡り、
平らだと思えばいきなり腰まで埋まる道なき道を進んで、息も絶え絶えようやく登った丘の上からは
短いながらも美幌と緋牛内に跨がる峠路を見ることが出来た。

午前中に登って列車を数本撮って降りようなんて思っていたが、初めて見る景色に
ここの夕暮れはどうなんだろう…と結局日没まで丘の上にいた。
日没となった冬の山地は途端に厳しさを増した冷気が身体を突き抜けていく。
冷え冷えとした色に変わっていく峠を、暗くなる前に早く下りなきゃと大雪1号が駆け抜ける。

こちらもまごまごしていられない。
完全に日が暮れるまでに丘を降りなければ薄暗くなった森の中で自分の足跡を見失うかもしれない。
同業者にお疲れさまでしたと告げて引き上げるように、丘の神さまに声を掛けて急いで降り、
車に辿り着いた頃には星が瞬き始めていた。




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  1. 2017/12/08(金) 23:11:29|
  2. 石北本線
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思い立ったが吉日

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上越線 後閑~上牧    撮影日不明(1990年代後半)


水上地方が積雪になったと前日の天気予報を見ていたからか
何気に早朝から目覚めた休日、おもむろに雪景色を見たくなって家を飛び出した。
当時、鉄道写真などほとんど撮ることはなく、ただ上越方面に行けばひょっとしたら雪景色の蒸気機関車が見れるかもと
一応ニコンFMも持っていった。

京浜東北線から上野で高崎線に乗る。
現在は上野東京ラインが開通し一気に便利になった様子だが、北の玄関口、北への始発駅…
そんな独特な匂いが漂う上野での乗り換えは、例え首都圏近郊電車に乗り換えるといっても特別気分が盛り上がったものだ。

唸るモーター音に酔しれながら街を抜け、次第に畑や山が見え始めると悪い癖が出始める。
メインはあくまで雪景色、蒸気機関車はあわよくばのつもりなのだから別に水上に拘らなくてもいいのではないか…。
ならば吾妻線、または信越本線で横川の釜飯でも、と心は揺れた。
蒸気機関車の運行日でなければ予定変更のつもりで高崎で確認するとデゴイチが走るという。
それじゃと上越線に乗り換えた軽い気持ちの道中だった。

さて、撮影なんていっても何の下調べもしていなければ撮影地などの知識もない。
津久田を過ぎた頃から薄っすら雪景色となり、谷川連峰が見える辺りはないものかと上牧で下車してウロウロ歩き
適当な場所で汽車を待っていた。

通過時間も分からずひたすら待つ間、雪でキーンと冷えた空気の匂いと青空は
「ああ、いっそこのまま雪国の旅へと出てもいいかな」
と思わせ僕を誘う。
デゴイチは見たいが、それよりももっと遠くへ、もっと知らない土地へ、
出来ることならその足が蒸気機関車の牽く列車なら尚のこといい…
しかし今の時代はそれが出来ぬと現実に引き戻され、ちょうどその頃汽笛が聞こえた。

デゴイチが雪の山脈を目指して走り往く。
正面やサイド気味もいいけれど、蒸気機関車は後ろ姿、後追いが特にいい…。
少しでも機関士の目線に、そして去り往く煙の風情に限りない旅情を感じると思うからなのだろう。

蒸気列車での旅に思い馳せたこともあり、帰りは何十年ぶりかとなるデゴイチの牽く列車に乗車した。
蒸気機関車特有のドン付きを味わいながら下る上州路…。
客車は違えど空席の目立つ車内と流れる煙に、信濃路で揺られた懐かしさが込み上げた。
榛名の山が遠去かる。街が近付く。
汽車の旅は実際の所要時間よりもずっと遥かに早く過ぎていった、思い付きの小さな旅だった。




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  1. 2017/12/05(火) 00:40:51|
  2. 上越線
  3. | コメント:0

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当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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