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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

風は南から 

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真岡鐡道 寺内~真岡


2月は客車の検査で運休となった真岡の汽車。
3月からは通常客車3輛のところを2輛編成で運転するという。

C11は検査入場中のためカマはC12になる。なんという心揺れる編成だろう。
小さな田舎機関車に客車2輛のミニ編成…。
湿原の蒸機運行終了と共に襲われた脱力感を未だ引きずる心境にはあまりにも毒である。
どうする???と悶絶するところへ追い討ちをかけるように東京で桜が開花した。

桜も見たければ汽車にも会いたい。
あわよくば真岡でも桜が見られるかもしれない…。

シフトを見ればちょうど土曜夜勤明け、日曜休み、月曜夜勤となっている。
風は南から吹いて来た。
遠くで汽笛がおいでよと呼んでいる。
思い立ったが吉日、その風の匂いがする方角へと気流に乗っかった。

東京で満開宣言がなされた桜も北関東には届かず、梅の花が満開だった。
いかにもC12らしい編成に桜のシーンを重ねることは叶えられないが、せめて早春らしい風景を求めて定番の八木岡地区を訪れた。
高き青空に陽は暖かく、緑浅い野辺を優しく照らす。
塚の古墓は先祖のものか、それともこの土地縁なき流れて来た者の墓なのか。
古の頃から眠っているであろう御霊を祀るように、まだ水が張られる前の田圃の畦や小道にホトケノザが咲いていた。

素朴な日本の風景に、田舎っぺ機関車のC12が2輛ばかりの客車を牽いて一生懸命駆け抜ける。
その様は早春の草花と相まってどこまでも愛らしく、塚の御霊もにこやかに見送っているようなほのぼのとした光景だった。




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  1. 2018/03/30(金) 05:53:55|
  2. 真岡鐡道
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故郷(ふるさと)の桜

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東京で桜が開花した。
寒かった今年の冬、桜も遅れるだろうと予想していたが、結果的に平年より4日早い開花という。
羽田から実家へと京急、南武線と乗り継ぐ車窓に見えた桜はまだ6~7分咲きでも
久しぶりに見る染井吉野は美しく可憐だった。
歳を重ねる毎に故郷の桜が恋しくなるのはなぜだろう…。

17時になると防災無線から鐘のチャイムが鳴る。
1月から4月までは「浜千鳥」、5月から9月は「椰子の実」、10月から12月までは「この道」と夕まぐれの空に響く故郷の音色だ。
鐘が流れる景色を見ながら家に着き、近くの公園に行けばここにも桜が咲いていた。


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小学校低学年の頃、ここは米軍基地だった。
詳しくは知らないが航空機などが離発着するような大規模なものではなく、なにか別の用途があったのだろう。
高学年の頃には基地はなくなりしばらくは更地だった。
基地の縁に沿うように流れていた二ヵ領用水も当時はドブ川で、町工場から流れる黄色や紫の毒々しい排水が垂れ流しだった。
そんな所でも竹やぶがあり、誰が作ったか立派な秘密基地もあった。
青大将や縞蛇などもいて、実家の庭や玄関にも入ってきたことがある。
都会の中でも米軍基地によって僅かながら生きてこられる環境があったのだろう。
ある日、用水の淵で大きな蛙を飲み込んだと思しき青大将が動けずにいたところ、近所の悪ガキどもと一緒になって
寄って集って石を投げ、棒で叩いて虐めぬいたことがある。
今思えば残酷極まりない話だが、子供なんてそんなものでそうして命の尊さを学んでいく。
それは人から教えられるものじゃなく、体験から学んでいくものだ。


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思い出がたくさん残る基地跡は、今では高校が建ち、桜並木やオブジェが置かれて市民の憩いの場となっている。
周りは工場跡に高層マンションが建ち並び、再開発によって町の風景はすっかり変わってしまった。
されどここはいつまでも我が故郷に変わりない。


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川崎市 中原平和公園


「さくら」の語源は「咲く」と「ら(もの)」の掛け合わせという。
美しく「咲くもの」の象徴が桜なのだと。
そして「故郷」は漢語でこきょう、大和言葉でふるさとと読む。
美しい風土の日本で、祖先の豊かな感性が詠まれたふたつの言葉「さくら」と「ふるさと」。
他のどんな土地の桜より、やはり故郷の桜が一番だと思うのは道理なのである。




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  1. 2018/03/29(木) 16:47:53|
  2. 非鉄・番外編
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空に誘われて



石北本線 端野~緋牛内


湿原の蒸気運行が終わってからすっかり腑抜けた状態になっていた。
壊して修理に出していたE-M1がメーカーから新品に交換しますとなって何か得した気分にはなったが
修理の手間より抱えている旧機種の在庫を処分したかったのだろう。
といえども新品は新品、気持ちは素直に盛り上がったにもかかわらず、では撮影とまでは回復しなかった。
昭和50年12月25日の朝、日本最後となる夕張線のさよならSLの新聞記事に、当時小学生の身分でありながら
うずくまりクリスマスなど大嫌いだと泣きじゃくったあの頃と重なった。
未だにクリスマスとなるとその後遺症が発症してチクチクと胸の奥が痛みだす。
蒸機の存在はいかに大きいか、ああ、煙恋しやである。

そんな折、用足しついでに久しぶりに緋牛内の駅に立ち寄ると空がきれいに焼けていた。
その空に吊られ機材を取りに自宅へ帰る。
再び駅に戻った頃には陽は沈んでいたが、一日も終わるどことなく寂しい光景にジーンと来るものがあった。
カーブを切って現れた列車の音が静まり返った集落にやけに響く。
今あるごく当たり前の鉄道のある風景…。
これだって実はとても大切なものなんだよ、と空の色が引き篭もる僕に改めて教えてくれたような気がした。




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  1. 2018/03/20(火) 18:10:57|
  2. 石北本線
  3. | コメント:2

別れ

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釧網本線 細岡


氷の塊となった雪と融けてぬかるんだ山の足元を、汽車は笛を吹きながら現れた。
まるで僕がここにいることを知っていたかのように大きな声で別れを言う。
思いもしなかった彼の行動に虚を衝かれ、一瞬遅れて去っていく姿に手を振った。
最後はここでと決めていた時が遂に来た。



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釧網本線 細岡~釧路湿原


木々の間を惰行する釧路川。
川面に空の色が映り込む。
人家乏しいひたすら広がる大自然。
その淵をぐるりと描くように流れる最後の煙は別れのシーンそのものだった。

プラットホームのベルが鳴る。
ポーッと発する汽車の声。
「元気で」
「さようなら」
見送り、見送られる双方の距離がだんだん遠くなる。
堪らず汽車の窓から身を乗り出して、おーい、おーいと手を振る去り往く者のように白煙がいつまでもなびいていた。


2月4日を皮切りに湿原に通った14日間。
月の半分を費やした割にはこれといったものはなく、打率の低さが目立っただけだった。
自分の技量からしてこんなものだろう。
こうすれば良かったと尽きぬ後悔ばかりとはいえ、それでも当初の目的通り、可能な限り汽車を眼に胸に刻めたように思う。
実はシーズン中頃、山を下りる途中にコケて使用しているカメラの背面液晶を壊してしまった。
幸い撮影することは出来たので一先ず修理は出さず、無事に運行最終日まで持ってくれた。

汽車はまた新たな出会いも与えてくれた。
前回も少し触れたが、ここを通じて知り合ったひぐま3号さん、マイオさん、ネコさんのお三方とご挨拶させて頂く機会を得、
鉄とは無縁と思っていた友人の思いもよらぬ蒸機への反応もそのひとつである。
この日の午前中も家族で蒸気を堪能したとの報を受け喜ばしい限りだ。
だが、現在JR北海道の抱える状況下で最終日を迎えるというのは一層の不安と寂しさが込み上げた。
今は来年以降の蒸気運行と路線存続を信じるばかりだが、あまりの脱力感にしばらく湿原から離れることが出来ないでいた。




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  1. 2018/03/14(水) 04:15:08|
  2. 釧網本線
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募る寂しさ

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釧網本線 茅沼~標茶


汽車が走るのも今日が最後と夜勤明けで仕事着のまま現地へ向かう。
凍結路面にあれほど恐々と越えた美幌峠はまだまだ冬景色とはいえ、路面の雪もすっかり融けて、
約一月という時間の歩みを感じさせられた。
通い慣れた感のある道も風景も、しばらく来ることはないだろうと少しばかり感傷的な気分になりながらの道中だ。

最後の往路はどこで迎えよう…
時間的にいって塘路以北が妥当かと旧五十石駅に行ってみる。
既に先客一人、どうせここは後から追っかけ組も加わり騒がしくなることだろう。
最後は一人でじっくり見送りたい。
雪も大分融けたことだし、ならば以前バイクで走った砂利道からはどうだと記憶を辿る。
もしかしたらと思っていた、このブログを通じて知り合ったひぐま3号さんを始めとする諸先輩方が撮影されたと思しき山。
そこがすっかり馴染みとなり多くの作品を発表された場所ならばともかく、他に見たことがないものであれば
それまでここは諸先輩たちだけの聖地のようなものだ。
場所を探すのにどれほどの苦労があったかと思えば易々と二番煎じをするわけにはいかない…と、
少し向きを変えて汽車を待つことにした。

明るい日差しと冷たく吹き付ける西風に、ざらめ状になった雪が崩れる音がする。
春と冬とか混同する風景に茅沼発車の煙が時にのたうちながら舞い上がった。

さあ、折り返しまであと一息だ。

風と共にやって来るドラフト音がドキドキと早くなる胸の鼓動と共鳴する。
こんな気持ちになれるのも残すところあと一本。
銀屏風を背景に、姿を浮かび上がらせながら進み往く汽車を独り占めしながら寂しさが募る思いだった。




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  1. 2018/03/11(日) 00:35:47|
  2. 釧網本線
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別れの季節



釧網本線 細岡~釧路湿原


もう春の雪だなぁ…
後から丘を登って来た地元の釧路だという方が緩み始めた雪に呟いた。

内地では梅や河津桜が咲いたと便りも届く。
北国ではまだ冬の景色とはいえ、耳奥で聞こえる金属音もしなければ青い氷のような風の匂いもなく
もはや厳冬期のそれではない。
春が近づくことはありがたいが、それは同時に湿原の汽車との別れが近いことを意味する。

塘路で汽車と交換する普通列車が下って行く頃は辛うじて日が差していた空も間もなく薄い雲に覆われた。
吹く風は冷たくも出がらしのような白っぽい春へと移る季節に吹く風だ。
その風の吹く向こうの山の麓から汽車のライトがチラリと見えた。
木々の合間に時々見える汽車をしっかり目に焼き付けながら追いかける。
大きく弧を描くように軽くバンクさせ、足取りは軽やかだったが
それがどこか寂しさをひた隠しているように見えたのは、クライマックスも近しと操る機関士さんの気持ちの表れか
それとも撮影する僕らの哀愁じみた気持ちによるものだけだったのだろうか。




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  1. 2018/03/10(土) 01:41:09|
  2. 釧網本線
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躍動

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釧網本線 細岡


昨季は思わぬことから道半ばで中止となった冬の運行。
今季はその憂さを晴らすかのように冬の行路をひた走る。

残る運行日数もあと僅か。
その勇姿を見てくれと言わんばかりに力一杯煙を上げてやって来た。
湿原の片隅にそっと佇む小さな駅にドレンの音が鋭く響き
眩い鉄路に黒い身体が躍動する。

走れ!!

ゴールを目指しスパートをかけるランナーに送る声援の如く
僕は胸の中で拳を突き上げ、駆け抜ける彼を見つめていた。




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  1. 2018/03/08(木) 16:09:57|
  2. 釧網本線
  3. | コメント:0

命の美

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釧網本線 塘路~茅沼


今年は全国的にも寒い冬だったようで北海道も例外ではなかった。
例年だと2月も半ばを過ぎると寒さも緩んで来るが、2月の北見市内の最低気温は-20℃以下となった日が13日もあった。
大概-20℃以下が2~3日続いたにしてもその前後は-15℃辺りに緩むのだが、先月は-17℃以下の日を数えると22日あり、
それが11日間連続で記録している。
我が家でも-25℃以下を三日、1月末にも-28℃まで下がり大変厳しい冬となった。

そんな寒い年にあっても自然のサイクルというのは不思議なもので、日にちを重ねるごとに山の様子が変わってきた。
黒々とした木々がなんとなく赤っぽい…どうやら芽が膨らんできたようだ。
弱々しかった日差しは明らかに力強さを増してきたとはいえ、気温が気温だけに「まだまだ冬」だと思わされる一方で
こうして変化が現れると一歩ずつ季節は進んでいるんだなぁと春への夢を見る。
雪と氷に覆われた大地に一人ポツンと身を置くと、時にこんな些細な自然の営みに嬉しさを覚えれば、
時に圧倒的な自然の前では人など束になっても敵う相手ではなく、与えられた中で生かされているのだとも実感する。
自然は素晴らしく、恐ろしく、そしてとてつもなく大きい。

間近なら見上げるような黒い鉄の塊であってもここでは小さな存在でしかない。
けれども、阿寒富士と雌阿寒岳が肩を並べて浮かぶ壮大な景色に煙を上げて貫く汽車の姿は
立ちはだかる自然に逞しく生きようとする命の美しさがあった。




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  1. 2018/03/05(月) 15:55:08|
  2. 釧網本線
  3. | コメント:0

嫌われ者

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釧網本線 塘路~茅沼


冬の釧路地方の印象として、パリッとした遥かまで見渡せる澄んだ空気とコントラストの利いた青空という風景が第一にある。
まるで視力が上がったかと錯覚するほど木々の枝ぶりがハッキリと見えるような鮮やかさだ。
そんな湿原から望む阿寒の山並みは雄大で美しい。
広大な湿原の、またさらに向こう側に雪を頂いた風景を初めて見た時は、ただただ「うわぁ、すごい」の一言だった。

かつて三角点と呼ばれた山頂からの眺めは、今のサルルン・サルボ両展望台をひとつに合わせたような
眼下を走る汽車を長いこと目で追っていられた好撮影地だった。
何度か阿寒の山並みを入れて撮影を試みてみたが、どうにも僕は相性があまり良くなかったようで
天気予報と現地の空から、今日はいいだろうと山に登ればクッキリと見えていた山並みは
汽車の来る頃になると雲が出てきて隠れてしまうことを繰り返す。
そうこうしている内に三角点は木々が成長し、ならばとサルボ展望台へと行くもののここでも嫌われ
こう何度も同じ所ばかりというのも次第に飽きてきて、やがて湿原と阿寒の組み合わせは遠ざかっていった。

サルボも木が伸びて見通しが悪くなってきた…
そんな声を現地で聞いて何とか一度でもと昨年訪れようとした矢先の蒸機運行中止に
今年はと山に登るも初回はまたもや嫌われた。
二度目も過去と同じように朝から快晴、目にも鮮やかに阿寒が見える。
千葉から来たという方が既に一番乗りされていて、枝の成長からせいぜい良くて三人、
あとは脚立(一段程のものでも可)が必須だろうほどの狭くなった視界に入れさせてもらった。

一時間ほどして風が出始め、それが強風へと化していく。
またか…山に雲が掛かっては吹き飛ばされを繰り返し、あまりの強風に少しでも風を避けようと、
その方と展望台を降りて談義しながら祈るような気持ちで汽車を待った。
その後数人の同業者が登って来られ、さあ、そろそろ汽車の来る頃だ。
塘路駅発車、塘路湖畔沿いをとシャッターを切る同業者に対してこちらは阿寒一本狙いで流れる雲を睨んでいた。
あと少し、もう少しだけ流れて…
阿寒の山並みはそこそこ見え続けていたが肝心の雌阿寒岳はほとんど雲に隠れたまま。
この、汽車が通過したほんの数分後、雲は流れて…はお約束の出来事である。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2018/03/03(土) 23:43:33|
  2. 釧網本線
  3. | コメント:0

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Author:u403tsugaru
当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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