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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

年の瀬

毎年のことだが、年も押し迫ったこの時期に慌てて年賀状作りに明け暮れている。
もっと早くからやればいいのにと自分でも思うのだが、
昔から「郵政省のぼったくりイベント」程度にしか思ってない自身の精神を棚に上げ、いつもの体たらく振りを発揮しているところだ。
時代はどうあれ一年の節目、というのはあるが、どうにも年賀状作りは苦手だ。
それでいて全て印刷というのも嫌いで、せめて宛名だけでも手書きにしないと気が済まない面倒な性格のうえ
今年はそこに輪をかけて我が家のストーブの調子が悪く、その原因追求に追われ
しかも今は吹雪いているから除雪もしなければならない有様だ。
おまけにプリンターの調子も悪く試し刷りも出来ていない。
職業柄、年末年始も普通に仕事ということもあり、帰省を兼ねた大井川の写真整理もおぼつかず、
こんな更新をしてるくらいならさっさとやれ!と突っ込みを頂きそうだが
従ってまだ一枚も年賀状は出せていない状況にある。



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とはいえ、年はこちらの都合に関係なく終わろうとしている。
年末といえば昨年と同じことを繰り返すが僕にはこれである。
大井川鐵道よりも、むしろこちらに行きたかったという方が大きかったかもしれない。



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人混みは苦手なので好きであっても以前ならあまり行くことはなかったが、やはり歳なのだろう。
寅さん好きということも相まって、帝釈さまはどこか懐かしいと思わせる。



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小学生までは毎年地元の川崎大師に家族で参拝していた。
お大師さまの参道で葛餅を買い、定食屋で昼食をとる。
大して美味くもないと思われるその店の玉子丼が、そういう時だけ美味く感じられたのは
年の瀬の参道の雰囲気と、家族で過ごすことによるものなのだろうことを知るのは随分後になってからの話だ。

古くからお付き合いさせて頂いてる高木屋さんで草団子を買う。
酷い時は、我慢出来ずに買った草団子を帝釈さまの境内で全部食べてしまい、また買い直すこともあった逸品である。



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昨年3月、旅に出る寅さんを見送るさくらの銅像が設置された。
映画のラストシーンが回想される。

さくら 「お兄ちゃん、たまには家でお正月くらい迎えたっていいじゃない」

寅 「そうしたいの山々だが、この商売はそうも言ってらんねぇ。へっ、そこが渡世人のつれえところよ」


電車が駅に入って来る。
涙ぐむさくら…。
「おいちゃんおばちゃんによろしくな。博と仲良くやれよ」
そういって北風の吹く中を、寂しげな背中を見せて旅立っていく。

いつもと変わらぬ風景に、なぜか観る者を見送る側の想いにさせられて、何度となく目頭を熱くさせられた。



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江戸川を京成電車が駆け抜ける。
ここ東京は葛飾柴又、フーテンの寅こと車寅次郎の生まれ故郷である。
そして僕が旅好きになった原点でもある。


さ、あれもこれもと半ばヤケクソの年の瀬でございます。
焼けのヤンパチ日焼けのなすび、色が黒くて食い付きたいが、あたしゃ入れ歯で葉が立たないよときた!
今年も思いおこぜば恥ずかしきことの数々。
今は深く後悔と反省の日々を過ごしております。
訪れて頂いた皆さまにおかれましては、まっぴら良き年を迎えられますよう、遠い北国の空から祈っております。


といったところで…
本年も「笛の音響けば」をご笑覧下さり、ありがとうございました。


u403tsugaru





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  1. 2018/12/30(日) 16:25:26|
  2. ご挨拶
  3. | コメント:0

鉄道の美

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大井川鐵道 千頭


以前、榛名山の林道に向かう道中、水上に寄った時のこと。
D51が整備を受けていて間もなく出区となる時、キャブへ乗り込もうとする機関士さんが教えてくれた。

「本線を走ってるのもいいけど、ここからバックで出ていく時も美しいんだよ」


C10がこれから転車に向かう。
白煙をなびかせドレンを纏い、ナンバープレートを垣間見せながらバックしていく姿は、その言葉通りにやはり美しかった。


転轍係が分岐器に駆け寄る。
ダルマと呼ばれるテコを切り替えて反位から定位にする。

密着、オーライ! 進路、オーライ!

人の手で作業を進め、人の目で安全を確認する。
極めてアナログ的だが、現場で見て触って声を出して確認する確実な安全確保の動作だ。

蒸気機関車に関わる運行体制は、時代の最先端をいく新幹線にも繋がる基本であると思う。
そこに携わる鉄道マンの姿もまた美しかった。




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  1. 2018/12/29(土) 14:59:03|
  2. 大井川鐵道
  3. | コメント:0

風航る、里駆ける

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大井川鐵道 抜里~川根温泉笹間渡


北見の市街地に行くと川根茶の幟が立つお茶屋さんがある。
それを見た時、遠路遠州となる地のお茶が日本の北の外れの街に売られていることに
訳もなく嬉しくなったことを覚えている。
行くにしてもそう容易く行ける距離ではないから…という理由もあるが、
やはり大井川の、あの美しい景観が目の前に広がるように思えたという方が大きい。

北海道に来る直前、しばらく来れることはないだろうと訪れた大井川鐵道。
万感の想いで、川根路の匂いと蒸気機関車たちに別れを告げて後にしたあの日…。
そのことが幟を見ただけで一気に甦った。


僕の場合、大井川鐵道というと、とにもかくにも広々とした大井川と、
産地らしくそこここに広がる茶畑が真っ先に思い浮かぶ。
鬱蒼とした森をかき分け林道を登っていくと、
民家などない一帯に突然茶畑が現れたりきつい斜度で生産が為されている。
厳しい環境の北海道を開拓した先人たちと同様に、ここまで手掛けてきた苦労は計り知れないだろう。
自然と共にある景観は膨大な時間に手間をかけて作られ
そんな思いもあってか人の偉大さ、逞しさを感じ、且つ尊いものだと思える。

そこに電子制御などない全て人の手によって運転される蒸気機関車が走る。
後に続く箱もまた、扉は手動で車掌がいちいち手で閉め確認する手間のかかる列車だ。

人が手間隙かけたものはきっと尊いものなんだ…

眼下の茶畑広がる里から大いなる川を航り運ばれて来た風は、溜め息が出るほどいい匂いがした。




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  1. 2018/12/26(水) 02:18:41|
  2. 大井川鐵道
  3. | コメント:0

抜里の情景

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過去何回となく訪れた川根路。
惹き付けて止まないのはなにも蒸気機関車だけではない。
高度成長期に華々しく活躍した南海や近鉄電車の存在もそのひとつだが
開業時から残る木造駅舎や設備、村々の家並みや生活感、急峻な山の斜面に広がる茶畑と
時代を越えてこの土地ならではの豊かな地方色がそうではないだろうか。



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大井川鐡道 抜里


ツーリングで、野宿で、或いはカメラ片手に新茶の香る景色を求めて…。
そのいずれも昭和の情景が色濃く残るこの地に汽車は走っていた。
今では様々な問題からイベント色も強くなり沿線風景も変わってきたが、
冬の川根路を走る汽車は平穏な時を取り戻したかのように、ごく普通に、当たり前の顔をしてやって来た。



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大井川鐡道 抜里~家山


間もなく山に消えようとする冬至間近の斜光線。
晴れ渡った空を、山を、染み入るように紅く包んでいく。
残照に輝く往く先を見つめ、あの時と同じように、抜里の里に笛の音が幾重にも木霊した。




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  1. 2018/12/24(月) 01:35:51|
  2. 大井川鐵道
  3. | コメント:0

時代

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大井川鐡道 田野口


駅が列車に乗り降りするだけのもの、或いはそれ以外のものになったのはいつの時代からだろう。
子供の頃、駅は遊び場のひとつだった。
大抵の駅には貨物扱いがあって、側線のレールを平均台に見立てて誰がどれだけ長く歩けるか競ったり
貨物ホームで鬼ごっこや荷の上に乗って叱られたり、改札口の柵によじ登ったりぶら下がったりして
けれども列車が来ればそんな他愛もない遊びが途切れ、ただ純粋にカッコいいなぁと憧れの眼差しで皆で眺める…
それが子供の頃の駅という存在だったように思う。

現代では線路上に少し入っただけですぐに問題にされてしまうが、昔は線路なんて通り道だった。
注意書きはあったものの、それを鉄道関係者に目撃されても注意されたことはなかったし、
今でも田舎に行けば踏切でもない場所に当たり前のように横断のための足場があって地元の人は渡っていたりする。
のんびりしているなぁといった一言ではなく、善しにつけ悪しきにつけ要は弁えるということを知っているのだ。
弁えはどんなことにもあって然りなのだが、先日のハロウィンじゃないが調子こいて車をひっくり返し
ごみを散乱、大声で騒ぎたてまくり、規制が作られる。
年端もいかない子供ならともかく、いい歳した大人が自身で自分たちの楽しむ場を無くしていく。
なんでもルールだ規則だマニュアルだと決められなければ事の分別も出来ず、
既成事実と責任逃れの道具として存在するような今の社会は異常だと思うし
それを異常と思わないことはもっと異常だと僕の目には映る。

昭和6年開業当時の懐かしい木造駅舎の向こうを昭和5年生まれの機関車が通過する。
今じゃ通用しない常識が多くあった時代…
でも全てそれが否定されるものではなく、残し伝えていかねばならないものもあるのではないだろうか。
地方は東京や都会を真似る必要はない。他の国の社会を真似る必要もない。
近代的なものにはない訴えてくるものは懐かしさだけではない何かがある。
学のない身分でエラそうな口を叩くようだが、出来ることならただ懐かしいと思うだけでなく、
いつまでもそれを感じ考えることの出来る一人でありたいものだ。

平成最後となる師走。
間もなく過去となる時代を既に過ぎ去った昭和という時代の風景に残していった汽車の汽笛は、
次の時代にどのように響いていくのだろう。




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  1. 2018/12/21(金) 16:25:41|
  2. 大井川鐵道
  3. | コメント:0

追憶の国鉄日中線

前日、郡山からED77の牽く旧型客車に揺られ初の会津若松入りを果たした後、気動車で喜多方へ向かった。
廃止まで約3ヶ月に迫った日中線に乗るためだ。
これらの列車の連絡は僕にとっては夢のような豪華なオンボロ列車黄金リレーであり、
スピードが身上の新幹線では飽きて飽きてどうすることも出来ないものと比べると対照的だったが
それに乗るためには我慢するしかない。

当時、日中線は朝一本、夕方二本の日中走らぬ日中線として揶揄され、
旧型客車二輌をDE10が歩くような速度で終着熱塩までのおよそ11キロを30分ほどかけて結んでいた。
雑誌等で見る日中線の干からびた雰囲気を廃線となる前になんとしても一度見ておきたい…
喜多方駅の端に取り残されたような0番線に発車を待つ18時25分発の最終列車がいた。



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先ずは念願の乗車を果たし、喜多方の民宿で一泊した早朝に始発列車を迎えるべくタクシーで熱塩を訪れた。
今年初だと運転手が教えてくれた薄っすらと雪化粧した景色は更に叙情的なものへと変えており
始発列車が来る前の熱塩駅は廃墟のような趣きで、ぼんやり点灯している灯りが辛うじてまだ存続していることを思わせる。
しばらくすると蒼黒い景色の向こうに光点が見え、乗客ゼロの始発列車が到着した。
到着すると車掌は機関車と客車の解結を済ませ機関士と機回しの打ち合わせをし、誘導、転轍機転換を行う。



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国鉄日中線 熱塩駅    1983年12月撮影


機回し線は殊更貧弱で、DE10が足を踏み入れるとギシギシミシミシと軋む音が不安になるほどだった。
列車の反対側への連結を済ませると列車暖房菅が繋がれ客車後部から蒸気が流れ出る。
発電機を持たない客車ならではの光景だ。

その作業が終わったのを見越したかのように程なくして一人、二人と学生たちがやって来る。
廃線にする必要があるのかと疑問に思うほど車内は満員になり、鉛色の空にホイッスルも高らかに熱塩駅を発車していった。

次の列車は夕方までやって来ない。
なにせ二番列車は17時半発なのだ。
ここまで乗せて来てもらったタクシーに撮影が終わるまで待っててもらい、
料金は忘れてしまったが一万円で釣り銭はかなりあったと思う。
寅さんみたく
「釣りはいらねえよ。かわいい孫にでも飴玉のひとつでも買ってやっておくんな」
とは言えなかったが、小僧の分際でわがままを聞いてもらった礼金として受け取らなかった。

早朝一本のシーンに一杯の満足感を覚えながらも、喜多方から若松までDD51の牽く旧客列車、
若松から小出まで雪深い只見線に乗車して帰路に就いた。
磐越西線の電化非電化共に旧客も残り、この当時の会津は濃い鉄道旅行が出来た最後の時代であった。
時に昭和58年12月のことである。




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  1. 2018/12/18(火) 23:08:33|
  2. 廃線・保存機
  3. | コメント:0

凍てつく夜

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石北本線 緋牛内


吐き出す息を凍らせて最終列車が発っていく。
厳しい冷え込みが見せる北国の鉄道風景はなんとも魅力的に僕の目に映る。

帰宅途中の国道に表示されてた気温は‐16℃、
勘弁ならない寒さだが、その寒さあってのシーンがあるというのも困りものだ。
なにもこんな寒い中を出ていくこともないと思うのだけれど
もしかしたら、行かなかったことによって見逃してしまうものもあるかもしれない…
なんて貧乏ったらしい思いが元となって玄関を出る。
厳冬期に向かって、これから暖かい部屋の誘惑とケチ臭い根性が闘う季節の始まりである。




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  1. 2018/12/13(木) 02:09:56|
  2. 石北本線
  3. | コメント:0

積雪到来

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石北本線 緋牛内~端野


とうとう積雪になってしまった。
それでもいつもより大分遅れたので、よくここまで持ったというべきか。
夜勤でトラブルに見舞われ、ようやく復旧したと思えばいつの間にか積もった雪に今度は一晩中除雪に追われ
言霊にならなければいいと懸念した通りになってしまった結果を見ると滅多なことは言わない方がいい。

こりゃ家に帰っても除雪だと半ばやけっぱちの帰り道、自宅の近所だけで3台の車が道路から落ちていた。
道の流れはノロノロだったが、一度滑ってコントロールを失えばスピードを出してようがなかろうがどうすることも出来ない。
そんなのを見るたび冬道は危ないものと思う。
人や車の多い都会で毎年排雪問題が出る札幌などの車の運転は人を殺しに行くようなもんだとすら思う。住まれている方には申し訳ないが…。


故に地方であっても車の運転をしたがらない方もいて、列車利用している知人も数名いるが、いかんせん本数が少なく不便だという。
廃線だらけの北海道でまだ利用できるだけいい方だよと笑うが、交通弱者にとって廃線は、あんたの生活は知らんと切り捨てられるような感覚を持たれる方もいた。

滑らないようビビりながら運転する必要もなく、おっせえんだよ、なにチンタラ走ってやがんだくそ車!と煽られることもなく、鉄道は利用者には平等だ。

目先のことだけ優先しないでもらいたいもんだね…

廃線を目前に控えた深名線の政和駅にバイクを止めて一服中、一人のご老体と会話した中で聞かれた言葉を、降りしきる雪を突いて定刻通りにやって来た列車を見ながら思い出していた。




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  1. 2018/12/09(日) 11:40:36|
  2. 石北本線
  3. | コメント:0

初めての被写体

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梅小路蒸気機関車館 1977年頃



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島根県津和野町 2014年10月撮影


今やスマホでも十分きれいな写真を誰でも気軽に撮れる時代になった。
そんな方々にとって、生まれて初めて写真を撮った被写体はなんだったであろうか。

僕の場合は蒸気機関車である。
現在の新川崎駅近く、当時の新鶴見操車場でのD51、それも戦時型が最初だ。
勿論その頃はまだまだ幼かったので父親のカメラを借りて撮ったものだが、
ハンプへと押し上げられるのを待つ長大な貨物列車の向こうを走るものであったため機関車全体が写っているものではなく、
辛うじてカマボコドームやキャブ上面が分かるという非常にお粗末なものであった。
残念ながら写真は手元にないが、実家の古いアルバムにはまだあるはずだ。

全国で幅広く活躍し、輌数も残っていたD51は遠方へ行っても見れたので撮影しなかった方もいたと聞く。
今にすればなんとも贅沢に聞こえるが、幼稚園や小学校低学年の分際だった僕ですら
同じD51でも当たり前のように走っていた新鶴見のものより、集煙装置を付けた中央西線や篠ノ井線、
関西本線の重装備のD51に釘付けだったし、異形式の機関車を見るとそっちに心が奪われたりしたものである。
出来ることなら山口線に復活したD51200も貨物機らしく、いやデゴイチらしく、
ボイラーバンドの金帯などの装飾は止めて、現役時代の山口線に走っていた同形式同様に
長野式集煙装置をつけて走ってもらいたいものだが受けは良くないのだろうか。

いずれにせよ現役蒸気最晩年の、ほんの僅かな時代しか知らない世代でありながら
半流型、量産型、戦時型と主だったD51のバリエーションと、山岳重装備の姿が見れたというのは誠に幸運なことであった。




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  1. 2018/12/07(金) 00:21:02|
  2. 廃線・保存機
  3. | コメント:0

言霊

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石北本線 端野~緋牛内


例年だと今頃は雪が積もっているのに今年は多少降ってはすぐに消え…を繰り返している。
この日の前日も日中の降雪により一旦は白くなったが夜には止み、
粉砂糖をかけたような暮れなずんだ景色は、昨日全国的に記録した気温によって再び褐色に戻ってしまった。

明日の夜から明後日にかけて雪の予報だが、いよいよ本格的な雪景色となるのだろうか。
こんな時に限って反動でドカ雪になり、とんでもない寒さになるんじゃないか…そんな不安が付きまとう。


いきなり除雪する羽目になるのは勘弁してもらいたい…

どうか、それが言霊にならなければいいと願うばかりである。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2018/12/05(水) 18:11:01|
  2. 石北本線
  3. | コメント:0
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Author:u403tsugaru
当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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