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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

千曲川スケッチの車窓

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飯山線 替佐~蓮


奥秩父山塊を源とする千曲川は、県歌信濃の国に唄われる佐久平、善光寺平と北上し関田山脈に沿って東に向きを変える。
名だたる豪雪地帯の谷を削り、越後へと流れ出た川名は信濃川と変え、米の一大産地を潤したのち日本海へと注がれ長い旅を終える。
その川に案内されるように敷設された飯山線。
蓼科、真田、姨捨、志賀…様々な山地から支流を集め、滔々と流れる大河を車窓に
列車はうさぎ追いしかの山を見て、小鮒釣りしかの川を渡る。

赤い屋根の家は、あるブログをされてる方によれば明治時代には既にあったらしい。
古い写真を見てみると当時から築年数は経っているようにも見え、ひょっとしたら江戸時代からのお宅かもと時代のロマンを掻き立てる。
飯山線の前身飯山鉄道が信越本線豊野から飯山まで開通したのは大正10年だから
島崎藤村が詠んだ千曲川のスケッチの風景を知る今では数少なくなった家のひとつであろう。
飯山線はそんな景色をコトコト走るのだ。


上信越道、北陸新幹線開通から急速に姿を変えつつある信州。
経済効果も上がり便利になったと言うけれど、それに比例するように地方らしさは薄れ、
昔の風景が失われ都会化していくことに心を痛めている人も多く、変わり往くふるさとの風景は見たくないと帰らない出身者もいるという。
北信らしい風景を行く飯山線の車窓…
いつまでも残って欲しい、残して欲しいと願う風景だ。




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  1. 2019/06/26(水) 12:29:23|
  2. 飯山線
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お地蔵のお力

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飯山線 桑名川~西大滝


山国信州は八つの県に隣接している。
古い街道や村も多く歴史もあるからか、同じような性格を持つ地域同様にお地蔵さまの数は多く、至る所で見受けられる。

西大滝地区の旧道沿いにある六地蔵。
七体ある内の台座を固定されていない六体は東を向いている。
東日本震災翌日に起きた長野県北部地震。
飯山線は路盤崩落、国道など生活道路損傷、スノーシェッド崩落、栄村では死者3名、秋山郷孤立と被害が出た。
西大滝の被害は軽微で、このお地蔵さまが村を守ってくれたからとその後栄村の方向に向けられたのだそうだ。

間に合うかなと山をダッシュでかけ降りて、普段のナマクラ生活が祟って息も絶え絶え
アングルにもウ~ンと悩んでいる最中に列車が来てしまった。
えーい、ままよとシャッターを切ればそこそこ何とか自分好みに写っていて、これもお地蔵さまのお陰だろうか…

スナップはともかく、自分なりに腰を入れて撮った場所は一礼して帰るようにしているが
信じる信じないに関わらず、こういう場の時は更に気持ちが籠るものだ。
飯山線の名となる飯山は仏壇町である故に、余計そんな気にさせたのかもしれない。
さて、朝飯でも食いに家へ帰るとしよう。



昨夜、山形県から新潟県にかけて大きな地震がありました。
今後被害の全容が明らかになるものと思われますが、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
余震も心配されますが、どうぞ健康面において呉々も注意されますようお祈り致します。




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  1. 2019/06/19(水) 03:31:18|
  2. 飯山線
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小さな思い出

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飯山線 西大滝~桑名川


随分沢山のお土産を持って帰るんだね~

小学校の夏休みが終わる頃、東京に戻る急行列車で検札に来た車掌さんに声を掛けられた。
虫籠一杯にカブトムシやクワガタを入れ、沢蟹を入れ、
時にはメダカも入れ、首から肩から籠だらけだったからだ。
もうその頃の都会ではカブトやクワガタすら珍しくなり、中でも沢蟹は相当だったらしく
まだ信州の方にはいるんですなと車掌さんと親が談笑していた光景を思い出す。

持って帰ったお土産は、メダカは金魚と同じ水槽で飼いっぱなしだが、
カブトやクワガタは卵を産ませ成虫にさせて次の夏に信州の山に返すこと、
沢蟹は越冬させてふるさとの川に返すこと、が目標だった。
今思えば成虫に返すのはカブトが一番楽で、クワガタは一度も成虫どころか卵すら産ませることは出来なかった。
沢蟹も手間が掛かって難しく、数年全滅させながら
それでも漸く越冬さすことに成功し、生まれた沢に帰る姿を見送った時は感動すらした。

北信五岳の一角、斑尾山から端を発した関田山脈は豊富な水を谷に注ぎ込む。
雪解けの冷たく清らかな水はどんな命を育んでいるのだろう。
ここに沢蟹はいるのかしら。

今日も暑くなりそうだと夏を連想させる日差し、煌めく緑に垣間見る沢の流れ、列車の音…
僕の小さな思い出は、常にどこかに鉄道が絡んでいる。




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  1. 2019/06/18(火) 12:19:51|
  2. 飯山線
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一里一尺

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飯山線 西大滝~信濃白鳥


朝の陽光を受けて始発列車が西大滝の集落を発って行く。
緑輝く季節であるが、冬は日本有数の豪雪地帯だ。
奥地に向かって行くと雪はあっという間に深くなっていくことから、一里一尺という言葉が北信地方にはある。

あれは3~4才の頃だったか、しんしんと降る雪の日に一度、母に連れられ隣村の親戚の家に行った。
梁が太く黒光りする、囲炉裏の煙が目に染みる古い家だった。
冬用に備えてある二階の玄関から入ると、 長い白髭を蓄えた母から見て大伯父に当たる老人がいた。
渦を巻いた杖を持たせれば仙人と思えるような人で
よぉ来らんしゃったなぁと、それはそれは喜んでくれた。
後にも先にも二階から入ったのはこの時だけで強烈な印象として残っている。
雪は降り続き、帰りの電車は終日運休となった。
大粒の雪がこんこんと降る中を雪まみれになって歩いて帰り、子供の足もあったから一時間ほどかかったようだが、
子供の僕にしてみればそんなアクシデントは大冒険も同然で大変だったという記憶はない。
隣村は4kmも離れていないが、少しでも奥地に行けば子供でさえ感じるほど雪の深さは違った。

戦争末期の昭和20年、7m85cmの積雪を観測したという信越国境に向かうに従い、
日本海側の豪雪地帯に見られるような家の造りが増えてくる。
長野市内から約60km、些細な変化を見ながら行くのは面白い。




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  1. 2019/06/16(日) 03:34:20|
  2. 飯山線
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蛍火落して

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飯山線 戸狩野沢温泉~信濃平


高社山が薄明の空に浮かんでいた。
別名高井富士とも言われるが、地元では「こうしゃさん」若しくは「たかやしろ」と呼ぶ方が多いと思う。
僕の周りだけかもしれないが…。

あの山の麓で過ごした幼少時代。
田んぼやりんご畑、夜間瀬川や千曲川が遊び場だった。
田んぼを覗くと無数のオタマジャクシがいて、タガメがいて、タニシがいて
ヒルの気持ち悪さにビビりながらそれらを捕まえるのが楽しくてならなかった。
日が暮れると少量だったものの蛍も舞い、蛙がやかましいほど鳴いていた。
それでもそれがうるさいとは一度も思わず、むしろ子守唄のようで安心して気持ちよく眠れたものだ。

涼やかな青田も、黄金色に首を垂れる稲穂も、刈り取られた後も、どれも捨てがたい田んぼの景色だが
水が張られた頃もそれらに劣らずいいものだと思う。
代掻きが済み、苗を植えるまでの僅かな時なら更に良しだろう。

木島平の奥地、馬曲の温泉で汗を流し、帰りにちょっと行ってみようと寄り道した戸狩駅。
缶コーヒーを飲みながら時刻表を見ていると、間もなく停車している列車の発車時刻だ。
間に合うかと水田地帯へ車を走らせ、高社山が見える適当な場所に突っ込んだ。
踏切が鳴る。場所を選んであれこれ考えている暇がない。
接近するキハ110のエンジン音が変わった。
いつも石北のキハ40を見ているからか、飯山線の速度は遅いと思い込んでいたからか
こんな加速をするんだ…とその意外性に余裕はもっとなくなり、タービンの音と排気煙を残して去って行った。

成す術がないまま列車は行ってしまったが、残った缶コーヒーを啜りながら
蛙の大合唱と、蒼に浮かぶ高社山の景色に列車の灯りが小さくなって行くのを見ていたら
蛍を見つけに畔を歩いた季節の記憶が蘇っていた。




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  1. 2019/06/14(金) 04:55:23|
  2. 飯山線
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図式

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飯山線 蓮~替佐


この地方らしい古い家が残る奥手山。
田畑があって川があり、なんの変哲もない里は昔ながらの美しいままの姿を留めてくれており、
田を潤す水の確保に作られた用水路は元禄時代に遡るのだという。

高社山の裾野に赤岩地区、向こうに連なるは志賀の山だ。
信州と上州の国境に、国道で越える峠としては日本一の高さの渋峠がある。
ついでに言えば信州は峠の数も日本一と昔本で読んだことがある。
その数は170だか180だか、碓氷峠旧道のコーナーの数184と同じくらいだったと記憶している。
とにかく四方を山に囲まれどこへ行くにも峠を越えねばならず、
そのためか峠越えのない旅程は物足りなさを感じるようになった。

山また山の織り成す風景は僕にとってごく自然であり、麓の郷と郷を繋ぐ鉄道がある風景もまた然り。
代々伝わる古い伝えや知恵があり、土地が、造りが、歴史が残る。
都会よりも田舎、大幹線よりもローカル線…
そんな図式を形成したのが飯山線と長野電鉄、北信濃の風景だった。




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  1. 2019/06/13(木) 03:30:03|
  2. 飯山線
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帰郷

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飯山線 替佐~蓮


新緑盛りの信濃路に強い日差しが照り付ける。
持参した水はなくなり、飛び込む沢も近くになく、救いとなる皐月の風も敵だった。

顔をしかめるその先に、替佐の坂を上り切った銀傘が緑の暖簾を掻き分け顔を出す。
やれやれ、へえ今日はおぇ、やたらあぢいのぉ…
心なしか木陰に飛び込む表情がホッとしたものに見えた初夏の一日。
露出した腕に痛みを覚える前に捲った袖を元に戻し、もう若くない身と質の変わった暑さに対抗しながらも
馴染んだ土の上に立って見送れている現実が嬉しかった。




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  1. 2019/06/12(水) 03:08:30|
  2. 飯山線
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今も変わらぬ奥手山

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飯山線 蓮~替佐


国道292号線を信州中野から飯山に向かう左手に壁田城跡がある。
川中島の戦いにおいて、上杉、武田双方に取って取られての最前線基地として使われたという山城だ。
その城跡から千曲川を挟んだ所に奥手山の村はある。
藁葺き屋根からトタン葺きに、道路が砂利から舗装に変わったくらいで昔の記憶のまんま、
恐らく50年前とほとんど変わってないかと思われる。
高齢者しかいないだろうが村はよく手入れされ、陽当たりのよい静かな山里だ。

村の下を通る狭い道は旧国道117号線。
上信越道のインターが近隣にでき、山を切り刻んで新道が開通するとほとんど車通りがなくなった。
旧道は千曲川と飯山線に挟まれて右に左にカーブする。
のどかな田舎の景色を見ながらバイクや車を走らせると何とも気持ちよく
道幅が広く真っ直ぐな新道は未だに使ったことがない。
以前山口線沿線で、散歩の途中だと立ち話をした地元の方が田んぼ脇の道を指差した。
自然のままに曲線を描いてるのがいいだろ?こういう道が気持ちいいから散歩したくなるんだ
と笑っておられたが、その気持ちが痛いほどよく分かる。

景色は飯山線に乗っても同様で、河岸段丘に沿って建設せざるを得なかった前身の飯山鉄道時代そのままに
列車は急カーブとアップダウンを繰り返し、千曲の流れを見ながら越後へと向かうのだ。
夏のような強烈な日差しで陽炎に揺れる奥手山を長野行きの列車が抜けていく。
あの辺りでC56を見たっけなぁ…
変わらぬ景色は子供の自分がそこに立っているかのような気にさせた。




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  1. 2019/06/05(水) 04:28:32|
  2. 飯山線
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失われ行く地方色

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長野電鉄 桜沢


目の前に聳え立つ高社山。
裾野の扇状地に信州中野の街が展開する。
随分と建物が増えたなぁと思っていたが、高台から眺めてみると想像以上に増えていた。

東急東横線や田園都市線で聞き覚えのあるモーター音が桜沢の駅に進入する。
街も変わっていくのだから走る長野電鉄の車輛も様変わりした。
元JR東日本、成田EXPの253系や小田急ロマンスカー10000形などの特急電車がやって来る。が、全てスルーだ。
長年の顔だった自社オリジナルの2000系が脳裏にこびり付いていることもあってどうにも場違いというか
それを言ったら普通電車にしても同じことなのだが、先ずそこは花形よりもローカルというわけだ。
写る電車は豆粒以下なんだからいいじゃん…って話でもなく、趣味としてのつまらぬ拘りである。
とはいえ、元東急8500系もスマート過ぎる。
ドカッペ長電の雰囲気には都会的センスの車輛はカッコ良すぎるのだ。
せめてちょっと野暮ったい元営団の3500系辺りまでか…

まだ自社オリジナルの個性ある車輛があった時代が見ても乗っても楽しめた。
手動のドアは冬は凍り、半分開きっ放しで雪の中を走る。
吹き溜まりが出来る車内で手拭いを頭から被りひたすら寒さを我慢して、
走行風で再び凍ったドアを蹴飛ばしては降りて行く。
混合列車となれば客を乗せたまま行う貨車の入換は、電車が機関車代わりだから当たり前。
冷房なんてない時代だから、夏には開けた窓からセミが入ってジージーミンミンと鳴きっ放し。
車内スピーカーがなく、車掌が肉声で案内する車輛は結構遅くまで存在した。
この頃の地方鉄道ならば国鉄・私鉄問わずして多かれ少なかれあったことだと思うが
列車に乗るという行為が本当に楽めた時代だった。




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  1. 2019/06/04(火) 02:27:52|
  2. 長野電鉄
  3. | コメント:0

信州の匂い

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長野電鉄 桜沢~都住


善光寺平に水の引かれた田圃が広がった。
リンゴ畑があって、ブドウ畑があって、高い山があって、きれいな沢があって…
郷々を結ぶ田舎の電車がガタゴト走る光景が愛おしく、僕にとってのふるさとがそこにある。
どこからともなく香って来る信州(いなか)の匂い、大好きな匂い…
ああ、これを嗅ぎたかったんだ。

この匂いは不思議と他の地域で嗅いだことがない。
東北も、中国も、九州も、そして北海道も…
同じ県内の木曾もしないのだ。
これはなんの匂いか聞いたことがあるのだが誰も分からない。
ほら、これだよ。今漂ってるこの匂い、と言っても匂いなどしてないと言う。
いつも嗅いでるからオメさんら分からんだと関東の友人に聞いても答えは同じだ。
だからこれは僕にとっての「信州の匂い」ってことにしてある。


長野電鉄の有名撮影地だが、きれいに北信五岳が見えていたので足を運んだ。
北信五岳とは長野県北部に位置する2000m級の代表的な山並みで、
斑尾山、妙高山、黒姫山、戸隠山、飯綱山の総称である。
それぞれの頭文字を取って「ま・み・く・と・い」と教えられた。
画面ではその内の三山で、左から戸隠、黒姫、妙高、左端に飯綱山の稜線が辛うじて写る。
ちなみに戸隠山は西岳から高妻、乙妻(おとつま)山までの峰を指し、
妙高山は北信と言いつつも新潟県の山である。

背後には菅平、志賀の山が連なって、その麓を沿うように走る路線が長野電鉄だ。
大正12年に信越線屋代から分岐した鉄路が信州中野まで達すると、おらが村にも鉄道をと機運が高まり
さて、どこに線路を敷かせるかと揉めたらしい。
それじゃラチが開かんと、当時村で一、二を争う大きな家だったという母の実家は土地を無償で提供し
悲願だった鉄道が無事に開通した時の喜びは、それはそれは大きかったという。
その鉄道が平成14年に信州中野~木島が、24年には屋代~須坂が廃止となってしまった。
鉄道誘致に一役買い、我が土地に線路が敷かれた先祖の末裔としてはどうにもやるせないというのが正直な気持ちだ。

そんな話を友人にした時、自分家に本物の電車を走らすなんてよっぽどの鉄だったんだなとからかわれたが
それはさて置き、僕の鉄道好きはひょっとしてこの辺りの血筋を引いてるのかもと思ったことはある。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2019/06/02(日) 02:13:37|
  2. 長野電鉄
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Author:u403tsugaru
当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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