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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

真っ暗な窓ガラスにほっぺたくっつけて、じっと外を見ていると遠くに灯りがポツン、ポツン・・・
あぁ、こんなとこにも人が暮らしてんだなぁ・・・
汽車の汽笛がポー、ピー・・・
そんな時、そんな時よ、訳もなく涙がポロポロ零れて来ちゃうのよ。

夜汽車で旅する心情を見事に謳った寅さんの名台詞である。
だが僕のセコい拘りの中でいう夜汽車には遂に乗ることがないまま消えてしまい、全く残念無念で惜しいことをしたものだ。



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一方夜行列車は何度か乗ることができ、サンライズは乗ってからしばらく経つ。
あの時は、さて山陰を行くか九州へ渡るか気分次第で決めようと、取り敢えず山陽路を行こうとだけ決めて乗車した、
石北本線の気動車夜行オホーツク以来となる久し振りの夜行列車だった。

初めての夜行列車は中学生になった年の夏休み、急行型電車(まだ153系だった気がする)の俗にいう大垣夜行だった。
何となく時刻表を眺めていて思い立ったが吉日とばかり、貯めておいたお年玉を財布に入れ
夕方になってちょっとその辺に行って来るとサンダル履きのまま出かけ、翌々日の朝にひょっこり帰れば
鬼の形相をした親に当然の如くこっぴどく叱られたのは言う間でもなく、それでも初の夜行列車の旅は
何か大きな冒険をしてきたような満足感で一杯だった。

会社帰りのサラリーマンで混雑していた車内は藤沢、平塚、小田原と過ぎる毎に減り、
いよいよ夜行列車といった面持ちが強くなるに従い、終電が終わって減光または消灯された駅を通過していくのが新鮮だった。
2時頃だったか、停車した静岡駅のホームに響く駅弁売りの声は耳に残り、毎年三河は知立にいる親戚の家に行くたびに
新幹線から見ていた浜名湖も、この時ばかりはいつもと違う景色に見えたものだ。



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東海道本線 東京


その後、乗車券だけで乗れる大垣夜行は幾度となく乗ってはを繰り返し、遂に憧れのブルートレインに乗ったのは
山口線に蒸気機関車が復活してからの「はやぶさ」で、通路の補助席を引っ張り出して眺めた明け方の空に
蒼黒く浮かび上がった瀬戸内の景色は今以て忘れられない。
何故だか東京ではなく横浜からの乗車だったが、機関車はまだEF65で、EF66に変わったのは二回目以降であったと思う。
大垣夜行の座席のみと特急寝台との違いはあったにせよ、機関車が牽く列車というのは独特な格式高い重みがあり
それは更に後年、藍に流れ星も鮮やか北斗星を堂々たる姿で札幌駅に入線してきたDD51重連にも言え
鉄道少年そのままに羨望の眼差しを向け、見上げるような圧倒的な存在感を感じつつ出迎えた。
気動車夜行はオホーツクだけだったが、果てへと冬の暗闇をひた走る車窓にポツンと流れる灯りはまさに寅さんの語りのようで
これでもかと郷愁に誘われた。


時は移り、昼間特急や急行、長距離鈍行、夜行列車などとあった当時と比べるとあまりにも選択肢がなくなった鉄道旅。
商品が所狭しと並んだキヨスクからコンビニ化されたホームは僕には殺風景で物足りないが、
僅かながらでも異郷へと向かう夜行列車のいるホームはやはり良く、旅情を望む僕にとってそれは最後の砦かもしれない。




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  1. 2020/09/26(土) 14:41:33|
  2. 駅・設備
  3. | コメント:0

遠い地に思い馳せ

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小学生の頃、川崎駅で京浜東北線を待っている時、東海道本線を颯爽と南下していくEF58牽引の客車列車を見た。
何という列車だったか当時は分からなかったが、それは東京発西鹿児島行きの急行「桜島・高千穂」であった。
この頃は鈍行急行問わず長距離列車など各地に普通にあり、上野は北へ、東京は南への旅立ち口、そんな風に思っていた。
青森、秋田、直江津、金沢、下関、長崎、西鹿児島・・・
地図でしか見たことがない地名が駅の行先表示板に、気持ちエコー掛かった駅の案内放送にと聞こえ
まだ見ぬ遠い旅路への思いを馳せ、少年の小さな胸にたまらない旅情の響きとなって込み上げたものだった。


現在の在来線はというと京阪神の新快速、敦賀~播州赤穂、距離275.5㎞が最長距離普通列車であるらしい。
続いて関東の熱海~黒磯の268.1㎞、北海道旭川~稚内259.4㎞なのだとか。
特急はというと、にちりんシーガイアの宮崎空港~博多411.5㎞、宗谷の札幌~稚内396.2㎞、スーパーおきの
新山口~鳥取378.1㎞、オホーツクの札幌~網走374.5㎞で、いずれもたかだか400㎞前後であり
上野~札幌とか東京~西鹿児島などのような海峡や地方を跨いで走破するという列車はない。



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東海道本線 東京


その中で奇跡的に残る在来線の長距離列車サンライズ瀬戸・出雲。
ブルートレインが廃止され、長距離列車というものが遠い過去になろうとしている現代に唯一残された列車として人気は高い。

上野東京ラインとして通過する列車が殆どになった東京駅の行先表示板に、「高松」「出雲市」の文字が燦然と輝く。
旅一座の田舎舞台から立派な国際劇場の舞台へと上がるかのような新幹線とでは少し趣が違う。
いつも下駄代わりに乗っている在来線から・・・というのがミソであり、まさに歌にある通り平塚以遠も線路はどこまでも続き
これを辿れば遠い所まで行けるのだと、まるでそこの景色が見えるような気持ちにさせられたあの頃の匂いがする。
主要な街を繋ぐだけのものではなく、讃岐や出雲、はたまた四国・山陰地方という土地の匂いがホームに漂う。

新幹線は遠距離を高速短時間で移動でき、時間を効率的に使え、快適で便利さのある反面、
地べたの上を走らず、沿線途中の、そこならではお国訛りや地方色さえスッ飛ばしてしまう飛行機にも似た感覚になり
僕には「旅」というものをする上で旅情感は薄れてしまったように思えてならない。










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  1. 2020/09/24(木) 03:23:53|
  2. 駅・設備
  3. | コメント:0

古くたっていいじゃない

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秩父鉄道 武州日野    2013年10月撮影


雲が垂れ込め雨に霞む秩父の山に煙が上がる。
構内を出てすぐ始まる上り勾配にシゴハチは足を緩めることなく小駅を通過した。
情報も確認せず行き当たりばったりのため、道東の麗機C5833を思わせる後藤式デフをまだ装備していたことも知らずに
せっかくのJNRマークを活かすことも出来ず何とも勿体ないことをした。

やっちまった感に暮れているところへ一人の同業者から声を掛けられた。

それ、デジタルなんだろ?
いいなぁ、おれ、買う金がないからさ、未だこれだよ。
と上着で隠すようにしていたカメラをそっと見せてくれた。

Canon F-1!

(蒸機が)現役の頃に無理して買って未だに使ってるんだ。
周りはデジタルばかりだから恥ずかしくて大っぴらに出せないんだよと笑う。

とんでもない。何が恥ずかしいものか。
蒸機を求めて全国を廻ったという共に歩んだ人生の歴史が刻まれたカメラを恥じることなどどこにもなく
仮に買い換える金がなかったとしても、今まで大事に使い続けてこられたことが心底素敵だと思った。

新型が出る度に買い換えられる財力のある方は羨ましいとは思うが、皆が皆カメラや趣味ばかりに金を掛けられる訳ではない。
カメラに詳しくない僕などにとっては一世代前でさえもう十分だし
やれAFが、連写が、高感度が、画素数が、EVFがなどいいに越したことはないにせよぶっちゃけどうでも良い。
まして動画機能は個人的にはなくていい。ちょいと撮りたければスマホで十分、凝りたければ専用のものを買う。

この時の機材はエントリーモデルのE-410、レンズは欲しくて少しずつ貯めてやっと買った今でも現役の50-200SWD。
カメラは今後使うことはないだろうと処分してしまったが、残しておいても良かったかなぁと思う。
機材を語るなど一生掛かっても出来るものではなくそれこそ恥ずかしいが、年々プロやハイアマの方に
ターゲットを絞ったような業界には、僕のような半端者にはわくわく感も乏しく敷居も高すぎる。

軽くて小さくて、どこへ行くにも気軽に持ち出せ、何よりも素人でも適当に楽しめたこの頃のものでいい。
古くさい考えと笑われても、せめて今ある物を大事にしたい、大事に使い続けたい、とこの絵面を見ると思うのだ。




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  1. 2020/09/20(日) 22:40:41|
  2. 秩父鉄道
  3. | コメント:2

多摩運河を渡る

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神奈川臨海鉄道 末広町~川崎貨物


見渡す工場群、ウェーキを残す貨物船、飛び立つ飛行機・・・
見慣れた京浜運河の景色は、アクアラインと管制塔が加わりどこか近未来都市を思わせた。

そこを燃料満載の列車が重たそうに引き上げる。
国鉄DD13形を彷彿とさせる神奈臨のディーゼル機関車はただ黙々とコンビナートを行き来をし
空港の煌びやかさも、アクアラインの華やかさも、光あるものを陰から支えてるといった感がして頼もしい。


何の気なしに地図を眺めていたら、千鳥町から多摩運河を渡る臨海鉄道が見えることに気が付いた。
夜景スポットとして知られる前からよく行っていたはずなのに、浮島と羽田空港が見えるくらいにしか思っておらず
たぶん、撮り鉄などしてなければ今も臨海鉄道の存在に気が付いてなかったかもしれない。

なにも陽炎で揺らいでしまう季節に行かなくてもいいものを、この夏、多くの地方出身者が諦めたように
次も我が家に帰れなくなることを思えばたかが自分の趣味欲求如きでむやみな県境越えは憚られ
視覚的涼を求めて人のいない岩壁へと出向いたが・・・、また空気が澄んだ頃にでも来てみることにしよう。




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  1. 2020/09/16(水) 00:22:48|
  2. 神奈川臨海鉄道
  3. | コメント:0

北酒場

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北海道北見市


北見市は北海道オホーツク総合振興局にある道内一の面積を持つ10万都市である。
といっても平成の大合併で増えただけで、駅を降りてみると「こんなちっぽけなの?」と思うこと請け合いだ。
初めて北海道を訪れた20代前半の頃の北見は「結構大きな街だな」と思ったものだが
それから約10年後に移り住み、年々活気が失われていくのが目に見えるようだった。
東急デパートがなくなり、北海道ちほく高原鉄道もなくなり、街中心部は寂れていく一方だ。
日赤病院が建て替えられ、機関区や構内跡地周辺は図書館が建ち、駅前にはバスターミナルが移動新設され
ビジネスホテルが並び何やかんややっているが、夜の歓楽街は街灯りも人通りも少なく閑古鳥が鳴く。
最近では以前からずっとあった大きな居酒屋がコロナ騒ぎで閉店したと聞いたから、まだ萎んでいきそうな気配だ。

以前飲みに出た時に、友人とこれくらいで丁度いいよねと歩きながら話したことがある。
そう、このくらいで丁度いい。札幌では明る過ぎる。首都圏はドぎつ過ぎてちょっと勘弁願いたい。
北見の寂れた街くらいの灯りでいい。歩く人もポツポツくらいでいい。それもたまに行くくらいでいい・・・。

街へ出ると大概立ち寄った古い居酒屋があった。
カウンター席が数席、奥に小上がりが6席だけの家族で営む小さな飲み屋さんだった。
畳も座布団もかなり疲れていてお世辞にもきれいとはいえなかった店の料理は、安くて旨くて、口数少ない大将も
皆から母さんと呼ばれていたおカミさんもいい人だった。
「久々に飲みにでも行こうや」と誘われて立ち寄ったのが最後、来週閉店すると聞かされ一同マジかー!と残念がった。
それからというもの、そういった古くさい落ち着く飲み屋さんは見つからずチェーン店で済ますことが多くなった昨今
気になる店が一軒だけあったのが上記の絵面である。
鉄道とは全く関係がないと言えばないのだけれど、そうとも言えない訳がこちらである。



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食事処 D51 !! キタ━(゚∀゚)━!

たぶん居酒屋というより大衆食堂の部類なのかもしれないが、このネーミングが非常に気になって仕方ないのだ。
「模型のデゴイチがトンカツとか運んで来るんべか?」
「いやいや、店の真ん中に動輪とかがあるんだべさ」
などと笑いあったが、未だに入ったことがない。

古い佇まいは昭和そのもので、ここだけポツンと取り残されたかのようにあり
日中に見るととても営業しているとは思えないほどの廃れ感がある。
蒸気機関車の時代、北見は鉄道要衝の街だったから、まさかその頃からのものなのか。

雪がチラつく夜の街。おー寒っっ!と襟を立てたコートの雪をパッパと払いガラッと戸を開ける。
テレビを聞き流し新聞を見ながら煙草を吹かしていたオヤジに、ルイベと熱燗二・三本つけてやと頼んで小汚い座敷に上がる。
黄ばんだ壁には誰が寄贈したのか常紋峠で苦闘するD51とキューロクの色褪せた写真・・・
風にガタガタと鳴る窓ガラス、流れる八代亜紀の演歌なんかが似合いそうな、そんな北酒場でしみじみ呑みたいものだ。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2020/09/10(木) 01:56:11|
  2. 雑記
  3. | コメント:0

KATOのN蒸機について

さて、KATOのハチロクにすっかりご機嫌の日々。
2~3輛の短い客車列車に数輛の貨物列車、或いは混合列車にさせて、逆向きワフ1輛の最短貨物列車と
様々なことをして遊べばもうどこにも行かなくったっていい。これでコロナも安心だ?!
赤ちょうちんよろしく、コップに安い日本酒をトクトクっと注げば肴はハチロク、そうお酒に強くない瞼は
あっという間に夜汽車の中へと夢が続く。

いつもながら期待以上の素晴らしい製品を出してくれたメーカーに感謝感激、こんなに良ければ
次はどんな風になっていくのかと早くも気になってしまうのが人情というもの。
ならばと今後のN蒸機の期待と、先ずあり得ないだろう個人的希望を含めて記してみよう。
長文となるので興味ない方はどうかスルーして頂きたい。


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8620デフなし
これはもう先述の通り、デフなしこそ大正ロマンのハイセンスなハチロク本来の姿(バッファーリンクとまでは言わない)。
デフありも、東北仕様から普通屋根の汎用性を持たせたスタイルを発売すれば、また歓迎されるはずだ。
ところで英国風と言われるハチロクに疑問を持っているのは僕だけだろうか。
国産化にあたり、キャブを含めて酷似している部分が多いベースとなった8800形はドイツ機である。

9600北海道型・一段ランボード
ファインスケール化される以前のモデルはランボードが二段タイプのものだった。
過去に各社から出たキューロクもほとんどが二段で一段式は少ない。
現役時代を知る方々からすれば違うのかもしれないが、道東・道北のキューロクは何となく一段のイメージが強い。
日本最後となった形式でもあるし、北海道型が出たら狂喜乱舞。
今回のハチロクでは貨車セットを買うと副灯、パイプ煙突とバリエーションを持たせるキットが付いてきた。
そうしたい方々には、わざわざ貨車セットを買わなければならないというメーカーの欲深い商売根性に乗らなければならなかった訳だが(失礼)
なかなか上手い商売をされ、そういう自分も釣られたクチだ。
そこで思ったのが、キューロクのようなバリエーションが無限ともいえる機関車については標準的な形態を母体として
デフやランボード、テンダーとオプションパーツを販売することは出来ないものだろうか。
北海道仕様、九州仕様などのオプションを出し、エアータンクの位置やテンダーの形態を好みで差し替えれるようにすれば
〇〇型と別々の形態をメーカーも作らなくて済むと思うのだが。
あくまでも僕は素人だから、それに伴う取付けパーツの流用性やメーカーの都合はどうかは分からないけれども・・・。

C50デフあり
両毛線を、全国的にも珍しい貨客を牽いて活躍していた頃のシゴマルは、実機のスピード感ある美しさと
入換に勤しむ寡黙さのイメージあり。
メーカーとしてN蒸機初となった当機を、完成の域に達した感のある足回りで三度再現して頂きたい。

C58東北型
憧れの列車のひとつである迂回急行津軽。小牛田区でも新庄区でもいいのでファインスケールで得た技術を総動員して
お願いします、KATOさん。ついでに戦後型も出たら尚嬉しい。401は新庄区の華。
この形式も北海道型、九州型とオプションパーツで出せないものか・・・。
北見区のエースであったトップナンバー、JNRマークの33、生涯をほぼ北見区で終えた戦後型ノーマルデフの391
門デフ277、幻に終わったC63を思わせるラストナンバー427は特に好み。

C55
自ら身を投じて列車を止めた散るぞ悲しき塩狩に、白き衣を纏う機影は流改おいて他ならず。
合わせて霧島山麓に颯爽たる煙を棚引かせ、K-7型門デフ装備機も是が非でも出して欲しいところ。

C57
既に4次型、1次型と発売され、スタイルも走行性能も文句なし。
そろそろ門デフ仕様が出てもいいのでは?
特急かもめ指定牽引機であったキャブ側面に明かり窓付きC5711はマニアックすぎかしら。
開放的な明るさを持つ南国のシゴナナには心惹かれます。

C11二次型
モデル化されたのはTOMIX他各社も含めて3次型のみ。
C11本来の都市間快速仕様のスマートな2次型が無いのが不思議。(あってもマイクロエースのポンパだけというのは寂しすぎ)
日中線のイメージが湧く63、64、80、倉吉線の41と有名どころの2次型もある訳でいかがだろう。

D51半流型/戦時型 /戦時型北海道
ファインスケールとして数種類のタイプを出してくれたメーカーには感謝。
大畑越え重装備の1151の迫力はケタ外れ、門デフ1038も痺れます。
凍てついた狩勝峠、北見区で常紋を越えたであろう1153は戦時型の密閉キャブがたまりません。
中京地区の麗機、半流型2号機が出たら爆死モノ。

D50
勾配線区の乗務員から絶大な信頼感があったという古武士の異名をとるD50。
今日の鉄道基準の礎となったD50を出さない理由はなし。

D60
D型機でD51と並んで好きなのがD60。夕日の馬主来を行くD60は是非見てみたかったところ。
横黒線(北上線)、磐越東線のD60はみちのく横断線の雄。
今をときめく山口線はD60。
門デフ、化粧煙突の61は、無骨さと美しさを備えた絶妙なスタイルだと個人的にも大のお気に入りだ。
他形式の陰になった感もする当機だがらといって、このいぶし銀のような機関車を忘れてやしませんか?

C56ノーマルキャブ/C56160
発売当時、そのスタイルと走行性能に驚きの連続だったC56。
今でも十分な走行を見せるけれども、エンジン部が小型機故の軽さのせいか、続々と出る新作と比べると
極低速時に多少安定性が落ちるかな?と感じることもあり。
そこでせっかくC12やC11で得た技術の先輪集電を取り入れるとか、C12と同じく主動輪も線バネで集電するなど
一層安定性が出たら更にシゴロクっぽさが出るように思う。
また、そろそろ小海線仕様のみからバリエーションを増やしても罰は当たらない。

C51
国鉄の制服制帽のボタンのモチーフにもなった(?)動輪マークのC51。
超特急燕の「超」は、後の東海道新幹線開業時の超特急ひかり以前に使用された我が国初の称号だ。
蒸気機関車でありながら東京~名古屋ノンストップの、新幹線まっつぁおの無停車記録を打ち立てた栄光の機関車である。
その栄光をNゲージの世界にも是非!(後補機連結の運転停車の突っ込みはご勘弁)



それから今後の蒸機全般に、キャブ内照明点灯も取り入れて頂きたい。
実機は計器確認のこともあり夜間でも照明は点いていたはずで、C55から始まったキャブ前方の斜めにカットされたスタイルは
夜間運転時に窓ガラスに映り込む視界不良を改善する意味でなったもの。ただの美的感覚でなったのではない。
そういった本来の理由を活かす意味からもキャブ内照明は、これだけクオリティをあげたメーカーのプライドからも実践して頂きたい。   
照明化されてるレイアウトをお持ちの方なら、夜行列車で機関車だけ真っ暗という不自然さからの解消は歓迎されると思われる。

それから軟質パーツによるフルディテールについて一言言わせて貰えれば
パーツを破損させてしまうリスクからも、あまりゴチャゴチャとさせなくてもいいのではないかと言うことと
建て付けの甘さが感じられると言うこと。
些細なことかもしれないが、非公式側のランボードが湾曲していたC56を見た時のショックは相当なものだったと
メーカーには知って頂きたい。
せっかくのお気に入りのC56が反対側を見たらグニャグニャでした・・・では洒落にならず、
工作力も知識も器用さもない自分でありながら必死に分解し、変な汗をかきながらやっとの思いで修復した。
そこで何かあったら自己責任にされてしまうのだから、やはりその辺はしっかりしてもらいたいと思う。
鉄道模型をやる人は全てがモデラーではないのだから。

すっかりKATOに押され気味のTOMIX蒸機だが、全体的な作りはKATOよりもカチッとしており好感が持てるものだ。
C11325に至っては、どうしてこの走行性能で製品化したかなぁとガッカリしたのが正直な感想であるとはいえ
スタイルはシャープで非常にまとまったものと評価している。
製品に対するコンセプトが違うに留めず、いい所は取り入れてもらってより良い製品化を進めてもらいたい。


番外編として。
ワフ29500のテールランプの両面化。
再生産されても相変わらずデッキ側のみのテールランプ点灯では寂しい限り。
常にデッキ側が後部とは限らない。
それくらい自分で加工しろよと言われればぐうの音も出ないのだが・・・。

ワムフ100形
キューロク北海道型とセットでもいいので出してもらいたい貨車である。

ワフ21000/22000形
蒸機牽引貨物列車には欠かせない。

スハ45並びにオハ62系統
北海道、北東北といえば二重窓。TOMIXでは製品化もあり、KATOとしても競合を求む。
ワフ29500と同様、緩急車には両妻面のテールランプ点灯化は施して頂きたい。
「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」で、網走に向かう寅さんが乗った夜行列車のシーンでは
恐らくセットであろうスクリーンに映し出された客車のナンバーはオハ62130とオハ62形のラストナンバーであった。
(因みに、さくらが寅さんを迎えに網走へ向かう列車は「大雪崩れ」で、牽引機は前述のC58391)
さすが鉄道ファンの山田洋次監督らしいとはいえ、映画でさえもそこまでするのである。
我が儘なマニアの集まりでもある鉄道模型の世界でも、どうでもいいと思える細かな客車があってもいいのではないだろうか。




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  1. 2020/09/06(日) 04:46:01|
  2. 雑記
  3. | コメント:2

猶予

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高島線 東高島~鶴見


鉄道車輌の興味は、蒸気機関車、ディーゼル機関車、電気機関車と行くに従い薄れ
気動車や電車に至っては、JR型になってからのキハ110など一部を除き車輌そのものに関心がなくなった。
あるのは鉄道がある風景とか残り少なくなった国鉄型車輌くらいなもので、それすらもカラーリングセンスが疑わしい。
好きな人には大変申し訳ないが、山手線の新型車輌を見た時(何系かは知らない)はところてんの突き器か鰻の仕掛け、
特急踊り子の新型車輌の顔は蟹の口に見え、口から泡でも吹ながら走ってろと悪態をついた始末。
踊り子は湘南や伊豆の海沿いを走るから、まさかJRが洒落たのではあるまい。
自分のセンスの無さを棚に上げて言わせてもらえば、優等列車らしい重厚感もなく
軽くて薄っぺらな見てくれだけのものに見え、金を払ってまで乗りたいとは思わない。
九州新幹線が出来る前、博多から熊本まで乗車した特急では初めて電車酔いを経験し、その列車名すら覚えていない。

あれほど列車に乗るのが好きだったのに、あれほど車窓を見ながら知らない土地へ行くのが好きだったのに
鈍行、急行、特急問わず幾つもあった昼間長距離列車や夜行列車の廃止、食堂車、車内販売の廃止、
ホームに響く駅弁売りは姿を消し、寒さに凍えながら食べた駅そばの味も消えつつあり、駅売店はコンビニ化・・・
スピード重視の単なる都市間移動が主目的となり、手段の選択肢すら与えてくれなくなった鉄道は
旅的要素は薄くなるばかり、もはやそういったものは時代に乗れない年寄りの余計なお荷物とでも言いたげだ。

高島貨物線を走る電気機関車も国鉄残党のEF65のスジは日に三往復のみ。
せっかく来た機関車の「うーん・・・」と首を傾げるカラーリングに贅沢は言ってられず、
旅を運んでくれた車輌たちの姿を見れるのは、後どれほどの時間が遺されているのだろう。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2020/09/03(木) 15:54:44|
  2. 高島線
  3. | コメント:0

横浜そごう裏の貨物線 (・・・と追記ハチロク)

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高島線 桜木町~東高島


朝の通勤ラッシュがそろそろという根岸線から逃げるようにやって来た重連単機が
横浜そごう裏手の帷子川の鉄橋を渡る。
かつて国鉄高島貨物駅の上下の引上線が本線と並び複々線のような様相だった鉄橋上も
高島駅が廃止されて今や東高島から桜木町が単線となり、高島駅跡に至っては面影はほとんどなく
この鉄橋が辛うじて当時を伝えているといった感じだ。

二十歳前後の約2年間、仕事の配属先がこの界隈で、古参先輩方は恐ろしく軍隊のように厳しかった。
ぶっ飛ばされたことは一度や二度ならず、一昼夜勤務で下っ端は仕事よりも雑務から絞られた。
掃除洗濯は言うに及ばず、中でも大変だったのが一人千円の予算で昼・夕・夜・朝の4食を10人分、
下っ端二人が献立を考えて作る飯作りだった。
前回勤務のおかずと重なってはならず、キャベツの千切りは糸のように細くしないとウサギの飯か?といって捨てられた。
買い出しは午前と午後の二回、地下足袋姿のまま自転車で買い出しに行くのが年齢的にも恥ずかしくて嫌だった。

それでも商店街の馴染みとなった店では
「チャーシュー切ったから食べて一服してきな」とか
「そこから好きなアイス取ってっていいぞ」とか、
魚屋へ行けば「刺身を少し余分に入れといてやったからな、見つる前に食っちまえ」とか、
まぁとにかくよく可愛がってくれたことが大変な支えであり、転勤の際には一軒一軒挨拶に回ったほどだ。

そういう雑務から段々一日の流れを覚え、時間にも余裕が出てくると少しずつ現場に連れ出してくれるようになる。
現場は危険と隣り合わせで約2年の間、人生終わったと思ったのは4回、一度はあわや胴体真っ二つ既の所までいき命拾いした。
だが、当時は事が起きなければ事故扱いにはならずマルとなった時代であり、上司の両足切断事故もあって身の危険を感じ
昇格試験を受けて転勤したが、軍隊のような厳しさは危険が伴うため気を締める意味があったのだと思う。

それでも怖かった思いばかりではなく、夜になると比較的楽で、隣の部署の奴との共同作業前にあった待ち時間に
互いの恋バナを暴露し合ったり、愚痴を言い合ったりの時間が気分転換にもなれば
なんと言っても一般人には見れない位置からの港の夜景や花火大会、元旦を迎えた瞬間の船の汽笛は格別だった。
飯作りに四苦八苦していると時々手伝ってくれた料理好きの先輩がいて、勤務が土日に当たると
大量に発生する空き時間を利用して釣りのお供をさせられた。
たまたまか腕だったかは知らないが釣れた魚を刺身にしてくれ、それはこの川の河口で釣れたスズキであった。
配属当時はまだそごうはなく、首都高横羽線を車のライトが見えていたものだが程なくしてから工事が始まり
開店を皮切りに、いよいよみなとみらいの整備が始まるんだなぁと、新たな夜景の一部になったそごうの下を行き来する
EF65やDE10らを眺めていた。




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  1. 2020/09/02(水) 21:56:30|
  2. 高島線
  3. | コメント:2

プロフィール

u403tsugaru

Author:u403tsugaru
当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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