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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

スキル

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東海道本線 東戸塚~保土ケ谷 (トリミングあり)


薄曇りの空に期待していなかった富士山が見えていた。
ちょっとツイているかもと駐車場の車の屋根越しから何とか整えたファインダーに
目当ての踊り子16号通過の数分前といったところで空いていた場所の主が帰ってきた。
それもよりによって車高の高いミニバンで、どうにか整えていた構図はお陀仏。
イカレた撮り鉄は、一般人や車に対して邪魔だの退けだの罵声を浴びせるなど問題視されているが
こういう時に身勝手な振る舞いをするんだろうなぁと思うと、同じ身分として意欲が萎えそうになった。
撮り鉄だけでなく、かつてラベンダーで有名な富良野のファーム富田など花や風景写真を撮られる側でも見られ
いやーな気分にさせられたことが脳裏に蘇る。

列車先頭部を抜ける箇所は一箇所、せっかくの富士山を切るかあれこれ試す時間はなく
全編成も入らず何とも中途半端な一枚に終わったが、それは自分のスキルの無さが全て。
市街地で鉄道のある風景を切り取る難しさをつくづく痛感した次第。

それにしても・・・
竹林や雑木林、畑なども結構残っていた戸塚界隈がこれほどまで人が住むために山を削り、
マンションが建ち並ぶなどとは、昔からは到底想像も出来なかった。




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  1. 2020/10/31(土) 07:56:33|
  2. 東海道本線
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帰る道

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東海道本線 保土ケ谷~東戸塚


保土ケ谷から徒歩20分程の所に樹源寺というお寺がある。
昔は大人数人がかりでようやく囲める樹齢800年の大きなけやきがあったのだそうだ。
築地塀に沿って墓地へ向かう小道は、更にその先の住宅街に至り、地域の方が利用しているようだが人影は少ない。

誰かがお参りしたのだろう。
弔う線香の匂いは墓地を一巡りした後、山を伝い天へと昇っていった。

ひっそりとした境内に日が暮れて
カンカンカン・・・と山のお寺の踏切 (かね) が鳴る。
薄雲の切れ目から覗かせた弱々しい残照は、家路へ急ぐ人を乗せた列車を鈍く光らせた。
先祖は土に還り、生きる者は我が家へ帰る、ここはそんな道だった。




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  1. 2020/10/24(土) 01:03:22|
  2. 東海道本線
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覚悟の雪

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石北本線 緋牛内    2015年10月撮影


いつにも増して平凡な絵面だが、これは冬ではなく10月である。
各地の紅葉の見頃はいつ頃かという時期に、首都圏では車の立ち往生だの人の転倒事故だのと
大騒ぎになるであろうくらいの雪が早くも降るのが北海道。
これがその実情だと記録的な意味で、済ませた用の帰りに撮った次第だ。

9月、大雪山系に冠雪をもたらせた寒気は、10月後半になると高度を下げ平野部にも雪を降らせることがある。
もっとも根雪はまだ先のことで、この時も2~3日で消えたが、日に日に葉は散り風は舞う。
本格的な冬が到来するまで、一日でも長く土の露出した季節でいて欲しい・・・
願いも虚しく北西の空は一目でそれと分かる怪しげな雲に覆われて、チラつきだした雪に人々は
「いやぁ、来ちゃったなぁ」と長く厳しい冬へ向け、そろそろ覚悟をするのだ。




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  1. 2020/10/22(木) 01:09:55|
  2. 石北本線
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広い空の下へ

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北海道名寄市    2016年10月撮影


3年程前になるだろうか、職場で少し疲れたなぁと休憩室で休ませてもらっていた時のこと。
気が付けばそこはICUだった。
なんでも返事はするものの動く気配はなく、明らかにおかしいと救急車を呼んだとのことだった。
その後嘔吐を繰り返し、脳出血の疑いでMRI、CT等々の全身にわたる検査をしても異常は見当たらず
意識は翌夕方に戻ったものの朦朧としており、自分が病院にいることを理解するには暫し時間が掛かった。
その時、人間なんて死ぬ時はこんなもんなんだろうなぁといったのを覚えている。

周りは恐らく年配か重篤の患者だったのだろう。
何かの装置に繋がれ、返事も出来ず、痰も自力で切れず、目覚めていても一日24時間の内
はたしてどれだけ意識を持っているのだろうかと思われた。
まだはっきりしない意識の中、当人や家族には、また口悪く大変、大変申し訳ないが、
早く死んじゃえよ、というのが正直な気持ちだった。
治る見込みがあるのならいい。
でもその見込みもなく、楽しみもなく、意識も殆どなく、徒に治療費だけかさみ、その負担はどこに行くのか。
死んで欲しくないという周りの想いは分かる。でも本当にそれは当人にとって望んでいることなのだろうか。
どんなことになっても生かしておいてくれと希望したことなのだろうか。
周囲の、死んで欲しくないという想いは自分たちのエゴではないのか・・・、病床でそんな風に思っていた。

今年の6月のある朝、目覚めたら声を失っていた。
なんの前触れもなく無声音と掠れた声の交互で、時期が時期だけにもしや…と焦った。
でもコロナにその症状は聞いたことなく、暫く様子を見ていたが発熱などの症状はなく、声にも変化は見られなった。
ネットで検索すれば、声が出ないのは大きく分けてポリープ、癌、ストレスの三つ。
だが、食べ物を飲みにくい、引っかかる、むせる、しこりがある等の症状はなく
他に思い当たると言えば、それ以前に首が猛烈に痛くなり、捻ることも寝返りをうつことも出来ないことがあったことだろうか。

3年前の、ICUでのことを思い出していた。
仮に癌だとして・・・、僕は治す気はない。
放射線なり手術なりして、5年生存率何%などと恐れ、運悪く再発して再び苦しむなどまっぴらご免だ。
苦しむなら一回きりでスッパリ終わらせた方が良い。
どのみちいずれは死ぬのだから、無理に延命などせず天命に従いたい。
人に褒められ羨まれるような人生ではないが、納得の人生なら10年であれ100年であれ
命の長短の価値など全く意味はないというのが僕の死生観だ。
因みに葬式もやらない。墓もいらない。
死者に何を金を使えというのだ。金は生者に使うためのもの。
葬式は生者の世界に於けるひとつの区切り・・・というのなら、それは死者となった場合の自分を無視した行いだ。
そんなことをするのなら、バラバラにしてもらった遺体を山中深くばらまいて、動物なり何なりの糧になることを選びたい。
すっかり死ぬことを前提にしてしまったが、別に死にたい訳ではない。

他にはストレスによる心因性失声症というのがあるらしい。
東京に一旦戻り、何かにつけマニュアルだのルールだのと繰り返す箱や檻に入ったような都会の暮らしに
イラつく毎日であるのは認めるけれど、それほどの過度なストレスを受けているのだろうか。
素人推測をしてる暇があるのなら病院に行けよという話だが、今月になって大声は出せずとも
多少の会話は出来るようにはなったのでまた様子見だ。




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  1. 2020/10/20(火) 01:47:32|
  2. 雑記
  3. | コメント:0

秋の色

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石北本線 緋牛内~端野    2015年10月撮影


桜前線に対し紅葉前線という言葉はないのだろうけど、何度かオフロードバイクに跨がり、東北六県から信越、飛驒、
東海地方までの東日本を旅をした。
素掘りのトンネルを抜け、霧に霞む谷を降り、川底に敷かれた簡素な道を辿って再び山へ分け入る。
ある時は猿やカモシカに睨まれ、猪に突進され、またある時は崖崩れで抉れた道を恐る恐るバイクを押し
無事に抜けた先の僅か数軒ばかりの集落に安堵して、あんな道をよく越えてきたもんだと老夫婦に温かな汁物を頂いた。
息を呑むような紅葉の美しさもあれば素朴で味わい深い紅葉もあり、決して豊かとはいえないだろう山の暮らしに
それでも里の人は優しく逞しく、出会った旅の風景はどれも心に沁みる秋の色だった。

赤も鮮やかな紅葉がある訳じゃない。
色だけだったら巡った東北や北信越などには敵わない、どちらかというと黄色が多い地味な景色が我が里の秋の色。
はざ掛けや藁ぼっちはないけれど、芋や玉ねぎのコンテナが点在するのがこの里の秋の色なんだ。

カタカタと季節を震わせて、短い汽車が里を往く。
今頃ちょうど、こんな景色が広がっているのかな・・・、いや、もう少し進んでいるのかな?

雑木林や囲炉裏の炎に温められた茅葺き屋根のある純日本的な風景とはいかないけれど
慣れ親しんだこの風景もまた、僕には胸に沁みる色となっている。




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  1. 2020/10/18(日) 03:26:11|
  2. 石北本線
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収穫終えて

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石北本線 端野~緋牛内    2017年10月撮影


農業大国である北海道。
過去にここでも載せたが、何度かお隣のジャガイモの収穫を手伝ったことがある。
トラクターに繋いだハーベスターという作業機に2~3人乗り、畝に沿って掘り起こした芋と土を目まぐるしく分け
泥にまみれ、手袋越しの爪は磨り減り、丘陵部ともなれば何かのシゴキかと思う作業が約一ヶ月半・・・
ちょっとした富良野みたいないい景色・・・と傍から眺めていた畑へ一歩入れば気が遠くなるほど広く絶望的で
非農家者にはボロ雑巾となった毎日は、サラリーマン稼業よりずっと充実感があった。

変形だの不揃いだのと食品ロスが聞いて呆れる廃棄される作物の一部は、どこの田舎と同じく限度を超えた量が我が家に回り
帰って来た玄関先に、中には一輪車ごと山積みとなって置いてある。
内地の親戚、知人に送ってもまだ余り、職場に持って行って叩き売りの如く押し付けたことも一度や二度でなく
例えば三日三晩トウキビが米粒代わりとなれば贅沢というよりある種の拷問である。


早ければ、およそ7月の終わりに始まる農繁期。
代表的な作物として先ず麦が刈られ、生産量日本一の玉ねぎ、ジャガイモと続き、秋蒔き麦と平行して
最後にビート(砂糖大根)の収穫を終えれば、後は冬を待つばかりだ。




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  1. 2020/10/16(金) 00:53:30|
  2. 石北本線
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軌跡刻んで

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東海道本線 真鶴~根府川 (トリミングあり)


そろそろ帰ろう、そう思って時計を見る。
あと2本上り列車をやり過ごすと往路で乗った踊り子が折り返してくる。
せっかくだから見送っていこう・・・

接近灯が点滅する。
寒ノ目山トンネルの側壁が明るくなり、
各地で聞くことが出来た重厚なモーター音を唸らせながら、彼は来た。

希少となった国鉄型、窓の開く特急列車・・・
日本的な美を持つ影絵のようなトレインマークを誇らしげに掲げ
踊り子16号は一路東京へと向かう。
通い慣れた街道に、黄昏はじめた軌跡を刻みつつ・・・




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  1. 2020/10/13(火) 00:04:27|
  2. 東海道本線
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185系のいる風景

185系が登場したのは僕が高校生の時である。
同級生が川崎駅で新型車輌を見たと自慢げに話していて、感想を聞くとあまり格好よくなかったと言っていた。
その頃、毎週土曜日になると学校帰りに川崎まで乗り越し、同級生と岡田屋モアーズに行ってお好み焼きを食い
どこの局だか忘れたが、公開ラジオ放送で贔屓にしていたDJと番組終了後にバカッ話をして帰るパターンになっていた。
初185系はその帰りでのこと、同級生のいう通り第一印象は決していいものではなかった。



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伊豆方面への特急で記憶にあるのは157系のあまぎであるが、特急でありながら面構えはレールバスのキハ03形に見えて
どうにも格好いいとは言い難い存在だった。
どうして伊豆特急はカッコいい車輌を使わないのかと拘りがある訳ではないのになぜか悔しく
その後183系に置き換えられて、これでようやく他の特急並みになったとスッキリした気分になったのも束の間
新型になると聞いて、さてはどんな車輌が登場するのだろうと期待したのだが・・・
国鉄色と言われる、日本のどんな景色にも似合うと信じていたクリームと赤のツートンカラーだったそれまでの常識を覆す
白地に緑の、それも中途半端に斜めのラインによるおよそ特急らしくないデザイン・・・
普通列車にも使える特急車輌、と聞いて、何をバカなことを言っとるのだとかなりの落胆ぶりで
愛称名も伊豆の国柄を想像かき立てる「あまぎ」から、文学的な「踊り子」になったのも堂々とした風格を失ったようで嫌だった。



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大体、特急なんてのは特別急行の略であって、その名の通り特別なのだ。
特急「つばめ」や「はと」は豪華な3軸ボギーの展望車付き、ホームは特急専用、乗客もぼんぼりみたいなドレスを着た、
ザマス眼鏡をかけ、日傘を差したハイジのロッテンマイヤーさんみたいな高貴なご婦人が乗るような
格式高い乗り物じゃなかったのかと自分の貧乏旅を棚に上げ、これでもかと悪態を吐いたのが185系だった。



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東海道本線 根府川


その後、踊り子には何度か乗る機会があったものの最初の印象はそう簡単には拭えずにいた。
だが、国鉄が分割民営化され、次々と新型車輌が誕生した後もしぶとく生き残り、今や首都圏最後の国鉄型として
今日まで東海道に君臨し続けてきた姿勢は仮にも特急車輌としての意地が見えるようで、第一線を駆けてきた風格が
いつの間にか備わっているように思えた。

ろくな思いをしなかった学生生活において、数少ない楽しみだった同級生やDJとの土曜日の景色を引き連れ185系はいた。
傾く日差しを受けてホームに佇み、待合室から垣間見る緑のストライプに、今、惜別の想いを乗せよう。




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  1. 2020/10/12(月) 00:11:18|
  2. 雑記
  3. | コメント:0

途中下車

伊東からの帰り、ただでさえ同じ行路は面白くないというのに復路も踊り子って話にもならず、
所持金も心細いことから必然的に鈍行列車での帰り道となった。
最近は定期券や特急券すら券売機だから、着駅を南武線の駅までにした乗車券を求めた窓口購入が新鮮だった。
新幹線には乗らないが、川崎で途中下車をしたいので小田原~新横浜を新幹線経由にした。
ご承知のように旅客営業規則第156条により、伊東から川崎または自分の降りたい着駅の区間は
101㎞以上あっても大都市近郊区間内のため、在来線経由だと途中下車は出来ないことによる措置である。
一旦川崎で区切ればこんな経由にしなくてもいいのだが、伊東から川崎も、伊東から着駅も運賃は同じなので、
新たに川崎からの余計な運賃を払うなら同一運賃で行ける駅まで買って途中下車が出来る方がいい。

伊東線内は伊豆急の車輌で、これまた懐かしい元東急の8000系だった。
小学生当時、南武線の73形の旧型国電に乗り慣れていた身には、ステンレス車輌の8000系は冷房完備で乗り心地もよく
東急と国鉄の差をまざまざと見せ付けられていたが、こうして踊り子から乗り換えてみるといくら引退間近の185系であろうと
そこは特急にも使える車輌だけあって、さすがの8000系も都落ちした感があった。
それでものんびりゴトンゴトンと美しい伊豆の海を見ながら行く車窓はいいもので、熱海から東海道線に乗り換えて
一気に川崎へのつもりが途中下車したくなり、海の見える駅、根府川で降りた。



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遠くに漁船が浮かぶ眺めに、思い付きの途中下車はするものだなぁと思わされた。
綿密な計画をし、隅から隅まで予定された道程ほどつまらないものはなく
サイコロを振って目が出た次第、という方がいい。



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青い空、青い海、背後はみかん山が広がる長閑な根府川は神奈川県内一の景観のいい駅だと思う。
これが天下の東海道本線ということを忘れてしまいそうだが、関東大震災で発生した土石流に
たまたま進入してきた列車が飲み込まれ、ホーム上の乗客、駅員もろとも海中に没したという悲しい過去がある。



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現在の中距離電車の主力なのだろうかよく見かけ、乗る機会もあるこの車輌。
僕にはシートが固めで今ひとつ好きになれないが正面からのデザインは嫌いじゃない。
これで少年時代や青春時代を過ごした世代には、これから懐かしむ思い出の形式となるんだろう。
そうやって時代は巡る。諸行無常の感ありだ。
 


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東海道本線 根府川

少し改札口を出てウロついた。
急な坂道ばかりの周辺に鈍った身体はへこたれて、駅に戻れば185系が停まっていた。
運用などの細かいことはさっぱりで何とも言えないが、湘南ライナーとかの送り込み回送なのかなと推測する。
いずれにしても東京などの人の多い駅よりも、ゆっくり最後の185系を眺められそうだとホームに降りてみることにした。




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  1. 2020/10/11(日) 00:25:53|
  2. 雑記
  3. | コメント:0

乗車記 MT54と共に

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間もなく、9番線から特急踊り子13号、伊豆急下田・修善寺行きが発車致します・・・

ホームに響く放送に思わず乗ってしまった。
乗ったのは8号車の指定席車輌のため、後ろの自由席9号車に移動する。
窓の開く、今や絶滅危惧種の特急列車だ。



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ゆっくりとホームを離れる185系踊り子13号。
背もたれ後ろに引き出すテーブルや窓際に小さく設置されたテーブルに、なぜかお決まりの冷凍ミカンを置き、
駅弁を広げ、まだ見ぬその先の車窓を想像しながら何度旅をしたことか・・・

発車してすぐ、女性車掌が検札に来た。

「乗車券と特急券を拝見します」
「さて、どこまで行きましょう」
「はい?」

訳を伝え、次の駅までにどこまで行くか考えておくので待ってもらえるか尋ねると
少し呆れたような顔はすぐに承知した顔になって他の検札に向かった女性車掌である。
せっかく乗ったことでもあり川崎で降りるというのも味気ない。
どうせなら下田まで行けるかと財布の中を見ると5千円ほどと心許なく、いい歳したおっさんなら
せめて万札の2~3枚くらいは入れておけということなのだろうが、貧乏旅は今に始まったことでもなく
そもそも今日は新宿のオリンパスプラザへの用事だったのだ。


それにしても、MT54のモーター音はなんていい音なんだろう。
高速でぶっ飛ばす唸り具合だけじゃなく、加速や減速の時の高音と重低音の絶妙に共鳴する響きがたまらない。
復活して勇姿を見せてくれる蒸気機関車とは違い、これらの列車は消え去るのみだろう。
これがもうすぐ、永久に聞けなくなってしまうのかと思うと実に残念だ。

ひばり・やまびこでみちのくを、あさまやあずさで信濃路を、白根やあかぎで上州を、会津路の磐梯、
東海道の東海・大垣夜行、北陸線で、山陽、鹿児島線で、赤電で親しまれた函館本線等々
各路線のあらゆる列車で共にしたMT54のモーター音は旅の風景のひとつだった。
中でも仕事帰りにボックス席で頬杖をつき、一日の疲れと心地よい列車の揺れでウトウトしながら聞いたモーター音は
103系のMT55と共にいつもそこにあった風景として忘れることが出来ない。
少年時代から青春時代、社会人へと一番慣れ親しんだ音である。
恐らく、僕と同年代で国鉄電化路線沿線のお住まいの方なら同じような思いの方がいらっしゃると思う。


で、どこまでの切符を買ったかというと・・・



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伊東である。
伊東に行くならハトヤ、電話はよい風呂4126、ハマチブルブル大漁苑である。
古いローカルネタである。
伊東には、昔懐かしいポリ茶瓶がまだ売られていることを思い出し、風呂に入らず記念土産として購入した。



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それにしても、終点の下田まで乗りたかったな・・・
葬式鉄が湧いてくる前に、一度乗ってくるか。




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  1. 2020/10/10(土) 00:05:49|
  2. 雑記
  3. | コメント:0
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Author:u403tsugaru
当ブログは写真ブログではなく、あくまでも日記の立ち位置のつもりでいます。写真は落書き代わりのいい加減なものですので、予めご了承下さい(´▽`;)ゞ

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