笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

原点

蒸気機関車晩年の頃、僕は首都圏の、とある街で生まれた。
家の近くを通る貨物線には電気機関車に交じってD51形蒸気機関車が最後の活躍を見せていた。

親父や祖母に連れられて見に行ったD51。
彼は50輌もの長い貨車を従えて、天を焦がす勢いで真っ黒な煙を上げ勇ましく汽笛を鳴らしては発車していった。
機関士さんに手を振れば、中にはそれに応えて手を振ってくれる機関士さんもいて、子供心にもそれはそれは嬉しかったものだ。
一方、電気機関車がやって来ると煙も吐かず低く唸るモーターの音が不気味で怖くて泣いてばかりいた。
夜になれば日中のあの勇ましい汽笛は影を潜めどこかもの悲しく、都会といえども静かに響き渡る汽笛は哀愁を帯びていた。

お袋の出身地である信州の北信地方。
当時、長野電鉄木島線のオンボロ電車がガタゴト走り、村の外れの千曲川対岸からは国鉄飯山線のC56の汽笛が時折聞こえてきたことをおぼろ気ながら覚えている。

幼き頃、蒸気機関車の汽笛で育った影響からか大きくなったら機関士さんになるんだと決めていた。
その夢は勉強もろくにしなかったこともあり叶うことはなかったが、大人になった今でも憧れの存在であることに変わりはない。
現在、蒸気機関車は現役を退いたものの何輌かが復活して懐かしい姿を見せてくれている。
そんな彼らの汽笛を聞くと僕の心はふるさとに還っていく。
生まれ故郷でもお袋の田舎の信州でもなければ、今住んでいる北海道のオホーツク地方でもない。
場所や土地…ではなく、僕は懐かしいあの頃というふるさとに還っていくような気がしてならないのだ。
D51やC56の笛の音が勇ましく、時にむせび泣くようにもの悲しく響いていたあの頃に。
キザな言い方だが、それは僕の旅…そのものの姿かもしれないと最近思うようになった。

蒸気機関車に限らず、日本の四季を往く列車は美しい。
ディーゼル機関車、気動車、電車…様々な車輛や列車があるが、二条の銀色に光る線路の上を走る彼らもまた野山越え、里を走り、そんな姿を眺むれば、やはり鉄道少年だったあの頃へと還っていく。
彼らが刻む轍の音色もまた夢中になって車窓を眺め、ひたすら旅情を追い求めていたあの頃へと還っていくのだ。
そんな姿を追い求め、下手ながらも写真というものを撮っては彼らが見せてくれた残り香を噛み締めている。




img010-1.jpg

昭和46年8月 信越本線で走ったイベント列車「ファミリーD51号」。 これが僕の現役蒸気が牽く最後に乗った列車となった。  父撮影。


  1. 2015/10/24(土) 04:51:59|
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