笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

汽車を見る視線

蒸気機関車の撮影において、多くの方が煙は必要だという。
理由はいかにも蒸気機関車らしい迫力と力強さに加え、郷愁感も含めて絵になるからだという。
もちろん僕もその一人で全く異論はない。
蒸気機関車が煙を吐くのは発車や峠など力を必要とする時。その他は煙はほとんど出さないで転がっているだけだ。
だけど、果たしてそればかり求めるというのはどうなんだろうとも思う。
煙を出す時だけが蒸気機関車の姿なんだろうか…。
峠を喘ぎ喘ぎやっと登りきり、ホッとした表情で坂道を下る姿は蒸気機関車ではないのだろうか。
菜の花が咲き、春ののどかな風に吹かれて気持ち良さそうに駆ける姿に爆煙はいるのだろうか。

蒸気機関車がまだ現役だった頃、まだ幼かった僕には必ずしも煙を吐く姿だけに魅了された記憶はない。
ジリジリと焼ける構内で発車までのひと時を静かに待つ姿も大好きな蒸気機関車の姿だったし、桜咲く野辺に軽やかに駆けてくる蒸気機関車に煙はなく、ただロッドの音と石炭と油の匂いがした。
駅の待合室でホームに滑り込んでくる汽車もまた煙などなく、それでも僕の大好きな蒸気機関車の姿に変わりなく、子供の目には必ずしも煙は必要なかった。
煙が必要…というのは、僕にとっては大人になってからの産物、勝手に決めつけられた価値観のようなものに思う。
もっと純粋に、子供の頃の、ただ「汽車」に胸をときめかせ単純に好きだった頃の視線をいつまでも忘れずに持っていたい…そう思い改めさせてくれたのが真岡鐡道だった。

真岡鐡道は北関東の単なる田舎のローカル線である。
特別な絶景がある訳でもなく、復路に茂木から天矢場にかけての25‰勾配が唯一の見せ場といったくらいか。
それでも小さな蒸気機関車が走るのにはこの上なく自然で、まるで汽車が走っているのが日常のような素朴さがある。
元国鉄真岡線の頃、ここを走っていたのはC12だった。
そして第三セクターとなった今走る機関車もその頃のC12。
他にもC11が在籍しているが、僕には芳賀路は田舎臭いC12こそが似合っていると思っている。
大型機ほどの魅力はないかもしれないが、真岡鐡道沿線の風景に実によく溶け込み、その姿は美しい。

駅舎は今風に建て替えられているのが殆どの中で木造駅舎として僅かながら残っている駅もある。
そんな片田舎の木造駅舎で、今日の運行を終えネグラの真岡に帰っていく汽車を待った。
冬至が近いこともあり陽は陰り、日光連山から吹き降ろす風が冷たかった。
この日最後の撮影は大人になった目線ではなく、まだ自分が子供だった頃の目線、ただその姿だけ見れば満足だった頃の目線で迎えようと思った。
高感度に弱いのを逆手にあえてノイズでザラつかせ、昭和40年代の古い雑誌のように、そして蒸気機関車の角度もヘッタクレも全て捨て、ただ闇雲に見ては喜んでいたあの頃のように。

結果は…
写真としては酷いものだと思う。
こうしてブログで公開してはいるが、とても人に見せるような代物ではない。
そんな写真だが、それでも僕は満足だった。
なぜならファインダー越しに駅を通過していった汽車の姿を、紛れもなくあの頃一心不乱に見ていた眼差しで見送れたからだった。
僕はこんな視線をいつまでも大切にしていきたいと思う。



_C092543-mfc.jpg

真岡鐡道 寺内駅




  1. 2015/12/10(木) 17:07:39|
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