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笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

帰郷

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飯山線 替佐~蓮


新緑盛りの信濃路に強い日差しが照り付ける。
持参した水はなくなり、飛び込む沢も近くになく、救いとなる皐月の風も敵だった。

顔をしかめるその先に、替佐の坂を上り切った銀傘が緑の暖簾を掻き分け顔を出す。
やれやれ、へえ今日はおぇ、やたらあぢいのぉ…
心なしか木陰に飛び込む表情がホッとしたものに見えた初夏の一日。
露出した腕に痛みを覚える前に捲った袖を元に戻し、もう若くない身と質の変わった暑さに対抗しながらも
馴染んだ土の上に立って見送れている現実が嬉しかった。




テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2019/06/12(水) 03:08:30|
  2. 飯山線
  3. | コメント:2
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コメント

影があるおかげで日差しを感じます。

冬には日本一の積雪量と言われていた記憶がある飯山線。
いくつか前の記事で〝栄村〟という文字で記憶が蘇りました。
40年ほど前にマイカーが雪で動けなくなった場所が栄村でした。
u403tsugaruさんの故郷があの豪雪地帯だったとは。。。

地元の人に助けてもらったけどスゲー雪でした。
  1. 2019/06/12(水) 22:37:48 |
  2. URL |
  3. ひこ #-
  4. [ 編集 ]

Re: 影

ひこさん、コメントありがとうございます。

仰る通り、信州と越後の国境に当たる栄村の森宮野原駅付近で7m85cmの積雪を昭和20年に観測したそうです。
この界隈はとにかく雪が深く、”一里一尺”という言葉があります。
つまり4km行くと30cm雪が深くなっていくという意味です。
当時はまだあった長野電鉄木島線ですが雪となればダイヤは乱れに乱れ、一度あと一駅という所で電車は抑止、
大雪の中を母親と二人歩いて帰ったことがありました。
一方飯山線は比較的運転されていたことから、地元では飯山線の方が信頼度が高かったと記憶してます。
電車よりも、小型のC56とはいえキマロキ列車も運転されてたらしいので雪に強かったのかもしれません。
地方私鉄より国鉄の面目躍如…といったところでしょうかね(笑)

私の生まれ、正真正銘の故郷は神奈川ですが、幼少時代の半分以上は北信濃地方で育ちました。
小学校低学年時代も夏・冬休みと大半は疎開(笑)しており、社会人になってからもほぼ毎年のように行っていた
所謂第二の故郷ですが、私には神奈川よりも信州の方に親しみを覚えています。
  1. 2019/06/13(木) 00:18:12 |
  2. URL |
  3. u403tsugaru #-
  4. [ 編集 ]

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