笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

汽車がくれた大切なもの

旅をしているといろいろなことがあるものだ。
この日、前日泊まった津和野で徳佐までの乗車券を購入し、往路のSLやまぐち号を撮影してから津和野に戻って復路は乗車しようと指定席も購入済みだった。

気動車に揺られ約30年振りの徳佐駅に降り立った。
改札口を出ると静かな町が駅前に広がり、朝もひと段落した空気が心地良かった。
数人の高校生と擦れ違う。
こんにちは・・・と口々に見知らぬ旅のおっさんに挨拶してくれる。
なんだか少し恥ずかしいような、それでいてどこか嬉しい爽やかな気持ちになった。

車での追っかけ組はまだ誰も来ていなく、小さな田んぼ脇の農道で数時間後にやって来る汽車を待つ。
向こうから散歩中のおじさんがやって来た。
「こんにちは」
先ほどの学生がしてくれた嬉しい気分を地元の人に返したくて声を掛けた。
少しはにかんだ表情で「こんにちは」と返してくれる。
おじさんは何歩が進みかけ、後退りするように戻って話しかけて来た。

「汽車の写真ですか?」
「はい」

このやり取りからしばらく会話が続いた。
すると会話の終わりに「撮影が終わったら家へ来てお茶でも飲んでいきなさい」と誘われた。
はじめは遠慮しようと思ったが、津和野に向かう列車は一時間ほど待たねば来ない。
それに急ぐ旅でもなければ目的地もない。
旅は時に図々しいくらいの気持ちもなければだめという持論も合わさり、お邪魔することにした。

やがて追っかけ組が続々と到着し、独特の空気感が流れる。
遠くからC571の汽笛が聞こえ、悪い病気の震えが始まった。
C571は誕生から一度も車歴を失ったことがない現役機だ。
その汽笛が静かな徳佐の里に木魂する。
他の復活蒸気にはない現役時代の迫力そのままに、猛然と煙を上げて駅を発車しやって来た。
直径1750㎜の大動輪と結ぶロッドがゆっくり回り、その動きを徐々に早めて目前を去っていく。
煙が流れ全身に浴びると胸いっぱいに吸い込んだ。

追っかけ組は早々に撤収し、彼が残した残り香が余韻として漂う田んぼの道を一人歩いておじさんの家に向かった。
黒瓦の平屋建てのきれいな古民家で、朝通った道にあったお宅だった。
転勤先の札幌で定年を迎え、生まれ故郷の山口に帰りたく役場に問い合わせたら紹介してくれたのがこの家だったのだという。
庭先に柿の木、裏には小さな畑と竹林。
感じの良いそれらにいちいち反応するのが嬉しかったのか物置まで見せてくれ、畑に腰を下ろし景色を眺めた。
中に上がれとお邪魔をし奥さんが満面の笑みで迎えてくれる。
お茶がやがてお昼ご飯になり、お昼ご飯がお茶菓子になり、お茶菓子からとうとう酒になった。
津和野に向かう列車はとうに行き、SLやまぐち号には徳佐で乗ればいいやと酒を呑む。
時間も忘れ三人で笑い合っているとそのやまぐち号まで行ってしまった。
せっかく取った指定席も無駄になり、滅多に来れぬ所なのに残念というか勿体ないというか多少そんな気にもなったが、
滅多に来れぬ土地だからこそこの瞬間を、ここまでしてくれるこのご夫婦と過ごしたいという気持ちが強くなった。

ちょっと散歩に行こうと貸してくれた下駄を履き、カラコロいわせながら里を歩けば辺りは石州瓦の赤い屋根と、素朴で美しい里の風景が広がっていた。
家に戻りまたお茶になる。
このままじゃ泊まってけになるだろうな、そんな空気が流れ始めた頃おもむろに時刻表を開いた。
もうすぐ列車が来るからそろそろ・・・と腰を上げるとお二人は
「え、そうなの?」
と、もいだ柿を手土産に持たせてくれた。
玄関先で挨拶を済ませ駅に急ごうとするとそのまま駅まで来てくれる。
ちょうど列車がやって来て列車に乗り込めば、お二人が代わる代わる手を取り
「元気でね。遠慮なくまたいらっしゃいね」
「いい旅をね」
と別れを惜しんでくれた。

ドアが閉まり列車が動く。
次第に加速して駅を離れる列車の最後尾から二人の姿を見れば、ホームに身を乗り出し大きく手を振ってくれていた。
車内から振るこちらの手が見えるだろうか、そう思いながら手を振る。
自然と目頭が熱くなった。
なんで時刻表なんか見てしまったんだろう…
なんで流れに乗らなかったんだろう…
なんで最後まで図々しくいられなかったんだろう…
と、そんな後悔をしながら見つめれば、やがてお二人の姿も徳佐の駅も見えなくなった。

膝の上にもらった柿を乗せ列車に揺られる。
何でもかんでも自分の予定通りに進めなくたっていい。
何でもかんでも蒸気機関車を追いかけなくたっていい。
ここに降り立ち、もっと大切なものをもらった。
こんにちはの挨拶から始まり、そこから新しくふるさとが増えたような大切な土地が生まれた瞬間だった。
汽車の走る里は、僕にとても尊いものを与えてくれた。
こんな写真でも、これを見るとあの時のことが浮かんで胸の奥から温かいものが込み上げて来るのだ。



おじさん、おばさん。
元気ですか?・・・



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山口線 徳佐~船平山




  1. 2015/11/12(木) 23:04:10|
  2. 山口線
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下手な鉄道写真を撮っておりますが、沿線風景や旅先での一コマなども載せていこうと思います。
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