笛の音響けば

汽車の音色は旅へと誘う道標

一生忘れない

山口線に蒸気機関車が復活したのは今から37年前の昭和54年8月1日、当時僕はまだ高校生だった。
昭和50年に国鉄線上から蒸気機関車が引退し、小学生の分際でありながらも大変なショックを受けていた身には
まるで世界が明るくなったような気がしたものだ。
使用される機関車はC571とC581と聞いて、山岳路線の山口線に急客機のC57?と生意気にも思ったが
国鉄線上を再び蒸気機関車が走るという事実にどれほどの喜びが込み上げたことだろう。
ただ、マスコミがやたらとC571のことを貴婦人貴婦人と騒ぎ立てるのはうんざりした。
英国機のようなスマートな機関車ならともかく、日本型の真っ黒で無骨な機関車にいくらスラッとした形態のC57とはいえ女性的なイメージはなく、
今でも僕にとってはしーごじゅうなな、シゴナナである。

そのシゴナナに、というよりも営業路線を走る蒸気機関車に会いたくて
復活したその年の秋に横浜駅から寝台特急はやぶさに乗って小郡(現・新山口)へ向かった。
その時の僕の心境は、一瞬で目前を過ぎてしまう撮影よりも、せっかく久しぶりの蒸気機関車なのだから少しでも長く息吹を感じていたいと乗車を選んだ。
色付いた峠に力闘を繰り広げるドラフト音にいちいち感激したが、それ以上に印象に残っているものに驚くほどスムーズな加減速と平坦線を行く速度がある。
当時はまだ現役蒸気を運転した機関士・助士が乗務していたこともあったのだろうが、
全くショックを感じない乗り心地は国電などの比ではなく、さすが急客機と思わせる快足ぶりに酔いしれた。

その後何度か山口線を訪れたものの暫く遠のいた。
蒸気機関車とて永遠ではない。
部品の問題、車齢の問題、様々な問題がある。
北海道に移り住んでからおいそれとは行けない距離に、もう二度とシゴナナに会えないかもしれないとも思った。
仕事の都合で数年東京に戻り、ようやく巡って来た山口行き。
かねてから篠目の発車を見たいと山間の小さな駅に降り立つと柔らかい陽射しと秋の虫が迎えてくれた。
陽が傾き山から冷気が駆け降りて来る頃、まだ学生だった頃から走り続けてきたC571がやって来た。
峠に向けて蒸気圧を上げ空に真っ黒い一条の煙が立ち上る。
汽笛一声。
静かな秋の里に重厚で美しい蒸気機関車の笛の音が幾重にも木霊して、澄んだ夕陽が煙を茜に染め上げた。
目前を力強いドラフトが炸裂し、1750㎜の大動輪が視界いっぱいに横切る。
手を振る大勢の乗客、列車後部のテールランプが過ぎれば後は煙・煙・煙・・・。
峠に挑みいつまでも聞こえてくる彼の激しい息遣いに耳を澄ませ、よくぞ今まで走っていてくれた、よくぞ今まで生きていてくれたと彼に何度も感謝した。

あの時の感動・・・
僕は一生忘れない。



PA254260-i2fc.jpg

山口線 篠目駅     2014年10月撮影






テーマ:写真日記 - ジャンル:日記

  1. 2016/09/16(金) 03:44:19|
  2. 山口線
  3. | コメント:4
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コメント

はじめまして

u403tsugaruさん、はじめまして。

さきほどは私のブログに初コメントをいただき、ありがとうございました。
シゴナナ、私の大好きな機関車のひとつです。
蒸気終焉の頃から、マスコミなどでは「貴婦人」と呼ばれるようになりましたが、私にとっては、u403tsugaruさんと同じく「シゴナナ」は「シゴナナ」であって、「貴婦人」などではありませんでした。
生野越えや霧島越えの力闘を見ていただけに、どこが「貴婦人」なんだよ、と反発したものです。
それでもあえてこの言葉を使うならば、軽快な足回りをもつ、シゴゴのほうが似合っているでしょう。
その後、羽越線で出会った1号機が山口線に復活したと聞いた時は、わたしもすぐに駆け付けました。
しかし最近の1号機は、部品がほとんどかわってしまい、どこか別人のようになってしまったため、足が遠のいています。
ただ、夕陽にそまりながら篠目を発車するシゴナナを見て、また山口、行ってみようかな、と思いはじめました。
ちなみに、私にとって一生忘れない光景は、キューロクとデゴイチによる常紋越えと、上目名のニセコ103レです。
北海道を走る蒸気は、ホントに素晴らしかった。
あの力闘、もう一度、見たいものです。

私のブログは、「追憶の鉄路」を掲げながらも、なんでもありのブログです。
秋からは仕事が過密になるため、連日の更新はできなくなりますが、これからもよろしくお願いいたします。
  1. 2016/09/19(月) 17:54:53 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

Re: はじめまして

まごべえさん。
ご挨拶が遅れまして大変失礼致しました。
また、このような拙ブログにコメント下さりありがとうございます。

私の頃の現役蒸気は最末期で、ごく少数の蒸気しか接することが出来ませんてした。
まごべえさんのように山線のニセコや霧島越えの姿を見れたのが羨ましく思います。
雑誌でしか見ることが出来なくとも、冬のニセコと日南3号は子供心にも感涙するほどのカッコよさでした。
他にも大雪くすれや陸東の迂回津軽、吉都線のパシフィックや高森線、宗谷・名寄地方のシゴゴやキューロク等々、見たかったところが山ほどありましたが、それでも信濃路のC56とD51は幼心に焼き付き今も胸に笛の音(ね)が響いております。

シゴナナに貴婦人と形容する言葉には抵抗がありますね(笑)
私も敢えていうなら南九州のシゴゴでしょうか。

C571については、羽越本線で急行日本海牽引時の脱線転覆大破から大部分の部品交換により「C57202」と一部では陰口を叩かれたそうですが、今を生きる蒸気機関車には、当時を知る方々にとって別人のように…と残念に思われるお気持ちを思うと、私でさえ金ビカの姿に違和感を覚える時があるほどですから、尚のこととお察しします。
今を生きるためには派手な装飾も、いらぬヘッドマークも仕方ないことなのかもしれませんね。
それでも現役当時の姿とは違えど、野山に汽笛を響かせ懸命に走る蒸気はやはり涙モノには変わりなく、いつまでもその勇姿を見せてもらいたいものです。

写真の腕前など持ち合わせていないのでお恥ずかしい記事と写真しか載せられませんが、こちらこそとうぞよろしくお願い致します。
長文を失礼致しました。

  1. 2016/09/20(火) 09:54:59 |
  2. URL |
  3. u403tsugaru #-
  4. [ 編集 ]

こんばんは

初めてコメントさせていただきます。
そうですね。私もシゴナナを貴婦人と呼ぶつもりは
ないですし、シゴロクをポニーと呼ぶ気もない者です。

前者は霧島越え、後者は小海・飯山・七尾などで
悪戦苦闘している姿を見ていたもので・・・。

今後ともよろしくお願いします。
  1. 2016/09/24(土) 21:35:08 |
  2. URL |
  3. マイオ #pcU4xDNY
  4. [ 編集 ]

マイオさん、はじめまして。
コメント下さりありがとうございます。

仰るように私もシゴロクをポニーと呼ぶのには抵抗があります。
確かに可愛らしい機関車ですが、子供の頃に母親の故郷で何度か見ることが出来た飯山線のC56ですが、急曲線やアップダウンが続く路線を、冬は豪雪の中を小さな体で懸命に走っていた姿には逞しさを覚えました。
現役蒸気最末期の時代しか知らない私は遂にシゴナナにお目にかかれませんでしたが(東海道本線の100周年イベントのあの不格好なC577しか知りません(笑))、雑誌等で見る霧島越えや生野越えのシゴナナに女性的なものを感じることはなく、スマートでカッコいいスピード感のある機関車の印象を感じていました。

お返事が大変遅くなり、申し訳ありませんでした。
こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します。

  1. 2016/09/27(火) 21:54:08 |
  2. URL |
  3. u403tsugaru #-
  4. [ 編集 ]

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